2章:辺境の邂逅者たち 08
唯一のお気に入り登録が消えちゃった……。
これも一つの評価として受け止めたいと思います。がんばって書くぞ!
前話の最後の部分ですが自分で読んで「これは無いな……」と思い書き直しました。
そのためちょっと噛み合わない部分があるかもしれないので、先にそちらを見ておくといいと思います。
第二章最終話。過去最長になっていると思いますが、どうぞ。
「お~う……暇だなぁ」
「……我慢しろよ。今日で最後だってアウグストゥス達も言っていただろ?」
ファンのぼやきにカネミツがそう返す。
アウグストゥスたちの活動は今日で打ち切り、それに伴いカネミツ達もここを離れることになっている。想像以上に人的被害が少なかったのだ。建物などの被害は大きいが、国が侵攻されるという事態からみれば軽い被害なのだろう。
いまは太陽も天頂を位置している。周りの木々で遮られながらもこちらまで降り注ぐ陽光は暖かい。
カネミツは視線を巡らせる。魔動力車の傍にコキアとアンナが座っている。コキアはアンナの膝に座りうとうとと舟をこぎ始め、アンナはそんな少女の髪を優しく撫でていた。
彼女を林の中で見つけて今日で一週間になる。その間に他の仲間たちもそうだがかなり打ち解けただろうとカネミツは感じる。
アンナの過去については他の仲間たちとは違い誰も話を聞いていないが、帝国の侵攻から逃げてきて家族を失っているであろうと考えても彼女はとても明るく振る舞っている。ここでカネミツ達と出会えたことが彼女にとって救いになっているのだろうか。
ただ、
「アンナ。もう答えは決まったのか?」
「……ううん。まだ。ちょっといろいろと思うところがあって……」
アンナが同行するのか否かがいまだ決まらない。カネミツはあの日、遠慮することはないという意味合いの言葉を掛けたが、その後は同じような会話を交わしていない。それは彼女が一人で決めるべきだと考えているからだ。
人助けは自分勝手に行うが、人の意志までを無視するようなことはしたくない。拒むのであれば潔く手を引く。そんな人間なのだ。カネミツも他の者たちも。拒まれると、途端に躊躇してしまう。だから同行することをこちらから提案して拒まれることが怖い。
何か悩んでいるのなら助けになりたい。しかしそれも拒まれてしまったら?
嫌だという人間に手を貸すことは決して「人助け」とは言えないだろう。ただの邪魔である。
コキアの時のように身体的に苦境に立たされているのなら、わかりやすかった。いまのアンナのような悩み、葛藤などといった精神的な苦境は相手が話してくれなければわからない。それがひどくもどかしい。助けになりたいのに、できない。
――いっそ、心が読めたならいまの俺はどれほど悩まずに済んだのだろう。
朝からずっと同じことを考えて、今もまた考えている。
そんな自分に溜息を吐いた。
●
カネミツが静かに溜息を吐く。
そんな様子を見て、あの日のように子どもみたいな笑顔でいてほしいな、と思った。
自分がその笑顔を引き出せたのならどれだけ素敵だろう。しかし実際は溜息の原因になってしまっている。
できることならこれからも一緒に居たい。だけど自分は皆に本当のことを全て話していないのだ。
――私の名前は、アンナ・エフォールなんて名前じゃないんだよ?
――アンナ・アルヘオ・モリートヴァっていうの。
――この名前を聞いても、今までどおりに接してくれる……?
今まで王族という立場から友達というような人もいなかったし、同年代の男の子と話したのはカネミツが初めてだった。だからこそ最初に迷惑をかけるだろうと思って隠した身分を明かすのが怖い。
急に態度を変えられたら? 話してくれなかったらどうしよう……?
不安が胸を締め付ける。
でも仕方なかったじゃないとも思う。いまだって帝国は自分を探しているはずだ。本当ならすぐにカネミツ達と別れ、もっと遠くへと行かなければならなかった。それが徒歩で一時間という、笑ってしまうほど近場に留まっている。
皆の優しさが暖かくて。
皆と話す時間が楽しくて。
誰かと一緒に寝るということに安心して。
なによりあの日に見たカネミツの笑顔が瞼に焼き付いて。
心地よい雰囲気にいつだって身を浸していたかった。そんなに大切になった存在だからこそ、巻き込みたくない。
でも本当は、
――一緒にこの戦乱の波に巻き込まれてくれる?
そう尋ねて、「ああ」と、「いいよ」と、笑顔で力強く言ってもらえることを期待している。
皆ならそう言ってくれるだろうと思う反面、そんなに優しい皆だからこそ平穏に生きてほしい。彼らの旅の理由の大半は巻き込まれた結果なのだから。この先の人生は二度と巻き込まれないでいてほしい。
自分のこの願いもカネミツの言う、「人助け」に含まれるのならば、自分は遭えて艱難辛苦に飛び込もう。
そう言い聞かせ続けるも、いまだ定まらない覚悟が胸にある。
●
初めに動いたのはカネミツだった。
「……ファン。アスワドを起こして来い」
「あん? ……なるほど。ちょっと待ってな」
寝転がっていた姿勢から両足を振り上げる反動で起き上がり、魔動力車へと向かうファン。彼女を一瞥しゆっくりと立ち上がったカネミツは静かにアンナの傍に近づく。
「……どうしたの?」
「誰かがこっちに近づいてる。なにか刻印魔法が施された臭いがするあたり、装備を整えた帝国の人間だろう。ファンとアスワドと一緒にコキアを連れて一旦ここを離れろ」
カネミツの言葉にみるみる青ざめていくアンナだが、その様子を無視するように続ける。
「俺がここに残って、どうにか対処する。どうにかなれば合流のあと、すぐにここを離れる。アウグストゥス達にも知らせるために誰か一人をアルヘオに遣る必要はあるだろうが……」
「ま、待って。もし……もしうまくいかなかったらどうするの?」
「どうとでもするさ。これでも今迄にいろんな難関を乗り越えてここに居るんだ。気にするな」
ちょうど魔動力車から二人が出てきた。それを確認したカネミツは青白い顔のアンナを安心させるように微笑んだ。
「よし、すぐにここを離れるんだ。ファン、ここを離れている間はお前が仕切ってくれよ?」
「任せな。あんたも気ぃ付けなよ、カネミツ?」
「ボクが残れれば良かったんだけどね……」
「おいおい。お前の取柄は陽気さだけだろう? 今ここで沈んでどうする、アスワド。ここを離れる間アンナとコキアの心を支えるのは、お前だ」
「……そうだね! 任されようじゃないか、カネミツ」
そしてカネミツ一人と魔動力車三台を残して、残りの四人が急ぎ足でここを離れる。
心配そうにずっとこちらを見つめるアンナの顔がカネミツの脳裏に焼き付く。
●
皆がここを離れて二〇分ほど経っただろうか。強くなっている臭いはもうすぐ傍から漂ってきている。
どうやら、来たようだ。
目の前に現れたのは四人。帝国の鎧を着た兵士が三人。黒色の全身を覆い、兜も顔全体を覆うその姿は不吉さ意外に何も感じられない。
そして残る一人。それは少女だった。それも下手をすれば自分よりも年下かもしれない。一五〇に満たない身長はとても周りの帝国兵の威圧感に及ばない気配しか感じないが、とある一つの装飾品がそれらすべてを覆す。
それは彼女の右肩付近に付けられた、剣の紋様が入った青い淵のワッペン。
帝国十二将。青は下将を表している。
「えぇと……私は帝国十二将、アミナ・シールズ下将です。あなたは林道を外れた場所で何をやっているのですか? 回答如何によってはあなたを拘束、または処断しなければなりません……」
気が弱そうな外見に違わず、思い切りに欠けた誰何ではあったがこれでも帝国十二将に選ばれているのだ。油断はできない。
「俺は旅の仲間とともに傭兵家業をやっている者です。ちょっと仕事が無いため休んでいるところなんですよ。本来ならお宅らのアルヘオ侵攻の手伝いをする筈だったんですが、あまりに早く終わったもんで予定が狂ってしまいまして……」
こちらの答えを聞いた、アミナと名乗った下将が兵に仕草で魔動力車の中を調べるように促す。
「そうですか……。しかし魔動力車が三台もありここにあなた一人しかいないというのはどういうことです?」
魔動力車の中を調べ終わった兵士たちが首を横に振りながら戻ってくる。
それを横目で確認しながらさらに答える。
「一応アルヘオの状態を見に行っているんですよ。もしかしたら確認しているんじゃないですか?」
本当に困難を乗り越えたいときに使う言葉には嘘だけではバレてしまう。出立組がアルヘオにいるという情報は本当だ。この程度の情報なら明かしても問題ないだろう。
「えぇ。確かに確認しました」
その言葉にひやっとする。出立組は極力バレ無いように隠密行動を心掛けていた筈だ。しかも隠密行動に長けたベルデも一緒であったというのに帝国は彼らを補足している。事らが情報を明かすまでもなく。
いや、一人の時と複数人の場合では勝手が違う。いくらベルデといえども隠しおおせるわけではなかったのかもしれない。それに帝国に敵対視されたと決まったわけではないのだから。
しかし。
「まさかあのような人間が一緒に行動しているとは……今でも肝が冷えている気がします……。天下八絶の目を掻い潜り、天主の元まで無傷で辿り着いたという暗殺者〝潜影の死神〟、デシエルト戦線の英雄〝傭兵将軍ブル〟、元帝国十二将で上将だったヴィオレッタ・サートゥルヌス。……一体何を目的に集まったんです……?」
――過去に何やらかしてきたんだ! あいつらは!
今度こそ息が詰まった。行動がバレたどころの話ではない。確実に要注意人物、最悪の場合は要排除指定の扱いにまでなっているかもしれない。
どうにかするどころではなかった。最初から逃げるしか選択肢にはなかったのだ。
どうする!? そう思いつつ服の中に隠し持っていた片手剣を抜こうとしたとき、
「……無駄な動きはしない方がいいですよ?」
アミナが忠告する。
「いくらあなた達が警戒に値する人物でも、むやみに敵対する気はこちらにもありません。ただ帝国としては確認したいことがあって、先ほど言った要注意人物がここを離れている間を見計らい訪れました……」
周囲の風景はここ一週間で見慣れた林とは異なっている。
漂うのは霧。しかしただの霧ではない。纏わりつくそれはカネミツの身体の動きを束縛し、白い気体が針状に首に突きつけられている。肌に感じる感触は気体のものではなく、金属に勝るとも劣らない硬質さである。
「……〝霧〟の魔法則か……?」
「いまここで正直に教える義理もないですが……そうです。わたしの操る超常の霧は流体でありながら金属すら貫く槍にもなります」
アミナの嵌めているグローブの魔法文字が煌めいている。あれに霧を操る魔法が刻印されているのだろう。
「……わかった。こちらはあんたらに刃向う意志はない」
両手を挙げ無抵抗の構えを見せる。さらに軽く顎をしゃくることで続きを促す。
「アンナ・アルヘオ・モリートヴァをどこに匿っているのです?」
それはカネミツの思考を停止させるには充分以上の衝撃を伴った言葉だった。
「……なんだと?」
「しらを切っても無駄です。こちらで記録した彼女の魔導核の匂いを感知しています。即刻引き渡して頂ければあなたに害を加えないことを約束します」
そこではじめてカネミツは悟った。
――アンナが悩んでいたのはこのことか……!
アンナが王族であるなどと思いもしなかった。裕福な階級なのかもしれないとは感じたがまさか頂点であるとは思うまい。
彼女が自分たちと同行することを躊躇う理由もわかる。王族が残っていればアルヘオの人間で帝国に抗う意志があるならば、彼女を旗頭として立てるだろう。そして帝国がそんなリスクを放っておく理由はない。間違いなく追手が放たれる。
――俺達を巻き込まないためか……。
「すまないが、本当に知らないんだ。俺達は一週間ほどここに身を潜めていたけれど、その間、仲間以外の人間を見ていない」
嘘は言っていない。
なぜなら、アンナも大切な仲間だから。
「……こちらは王女の魔導核の気配を感知しているのですよ?」
「逃げる際に近くを通っただけじゃないのか?」
こちらにできるのは時間稼ぎだけだ。アンナが遠くに離れる時間を稼ぐため、アミナ達が警戒しているヴィオレッタ達が戻ってくる可能性を高めるために惚ける。
アミナもそれがわかるのだろう。彼女の眉が吊り上る。霧が蠢く。
「――っ!」
体に浅い裂傷が走る。
「……死を望むわけではないでしょう?」
「やれよ」
「……なんですって?」
「やれ、と言ったんだ。俺は知らんと答えた。それに対するお前の返答が俺を殺すことなら躊躇うことはないだろう? 俺はこれ以外に答えを持っていないんだから」
霧の動きが、変わる。
「遊びじゃあ、ないんですよ?」
霧の巨人がカネミツを片手で握りしめ、その口に並ぶ牙が揺らめいているのが見える。傍にある木から舞ってきた一枚の葉がその牙に触れ、粉々になる。
さすがに冷や汗が止められないが、ここで引くことはできない。
「……当然だろう?」
「……残念です」
そして霧の巨人がカネミツを呑み込み粉々にする……、
「やめなさい!!」
その直前で霧散した。
●
どうしてもカネミツが心配で、ファン達の目を盗み彼の元へと戻る。
何とかすると言った彼を信じたかったが、心の片隅でそれはできないだろうと思う。帝国はそんなに甘くない。ここに来たということは、ほぼ間違いなく自分を補足したということだろうから。
真実を明かす前に、皆の元を去る前に、巻き込んでしまった。
唇を噛みしめる。血の味がした。これは罰の味だ。真実も明かさずに皆とともに過ごし、心地よい雰囲気に流されて皆を巻き込んだ、罰。
何の覚悟もないままにただ無為に今日まで過ごしたことが悔やまれる。
――おねがい……! 無事でいて、カネミツ!
周りの木々が高速で後方へと流れていく。しかし、行けども行けども前方から高速で迫るのも木々ばかり。
――あなた達に真実を明かさなかったわたしなんかの為に、無理しないで……。
「はっ、はぁ、はぁ、はっ」
息を切らして、徐々に足がだるくなってきた頃、前方の光景が開けていることが分かった。あそこだ。魔動力車があった場所だ。
しかし見慣れないものが目に映る。
――霧? いままでこの林で霧なんて出たことなかった……。
そう思うと不安が過る。いまあそこで何か起きていることは間違いない。
目以外にも情報が入ってきた。人の声だ。誰かが会話をしている。
『アンナ・アルヘオ・モリートヴァをどこに匿っているのです?』
思わず足が止まりそうになる。あそこに行くということは、捕まりに行くということだ。その後の処遇はいいものでないことはわかりきっている。高確率で処刑されるだろう。いままで帝国に侵攻された国がそうであったように。
『すまないが、本当に知らないんだ。俺達は一週間ほどここに身を潜めていたけれど、その間、仲間以外の人間を見ていない』
――ばかっ! どうして!? もうわたしが王女だということはわかっているはずでしょう、カネミツ!?
その後も惚け続けるカネミツの声が聞こえる。
彼は真実を知っても、味方でいてくれている。そのことが定まらない覚悟に発破をかけた。もう迷わない。
いまからここに居るのはアンナ・エフォールという女の子ではなく。
アンナ・アルヘオ・モリートヴァという王女だ。
行こう。ここからは彼らとは交わることのない道だ。
遂に辿り着いた場所では霧の巨人がカネミツを呑みこもうとしていた。危ないところだった。あとほんの数秒遅かったら彼は呑みこまれていただろう。最悪の場合死ぬことだってあり得たのだ。
――間に合ってよかった。もういいんだ、カネミツ。わたし、決めたよ。一緒には行けない。……ごめんね?
「やめなさい!」
霧の巨人が霧散する。
そうだ。あなた達が探していた人物がここに居るぞ。
だからカネミツには手を出すな。
アンナ・アルヘオ・モリートヴァはここに居る!
●
霧の巨人が霧散して、林が本来の姿を取り戻す。
アミナは声が聞こえたほうへと視線を巡らせた。そこには間違いなく自分たちが探していたアルヘオ王国王女、アンナ・アルヘオ・モリートヴァが立っている。
カネミツも背後を振り返る。彼の目に映るのは微かに降り注ぐ陽光を、その白金髪に煌めかせ、威風堂々とこの場へと現れた少女。
それはこの一週間で目にしてきたアンナとは違っていた。いつも感情を素直に出していた顔は、たとえ天変地異が起きようとも揺るがないという意志を込めたように硬い。その佇まいは目の前に立つ人間をひれ伏させるような威圧感を放つ。
普通の少女が持つ雰囲気ではない。己の守るべき者たちを守るために敵対する者へと立ち向かう、人の上に立つ人間の姿だ。
「……あなたのほうから来てくれるとは……助かりました、王女」
「その者に手を出すな。それ以上危害を加えるというならば、わたしはここで舌を噛む」
「……あなたがこの後の処遇を知らないはずがありません。そんなことをしても無意味だということはご存じでしょう?」
「それでも、あなたの上に立つ人間はそれを許さないでしょう。わたしが死ぬときは帝国に屈したという証拠がなければならない。侵攻の際にわたしを打ち取ることが出来なかった以上、どことも知れぬ場で死んでしまいました、ではアルヘオの抗う民を止められない。あなたたちがアルヘオという国に完膚なきまでに勝ったという姿勢を見せたいならば、採るべき道は一つ。公の場でわたしを処刑する。違う?」
たとえ死ぬとしても「最後まで戦う意志は捨てなかった」という結末は帝国の望むものではない。その終わりはアンナという王族を英雄視させてしまうからだ。死んだ英雄という旗頭ほど厄介なものはない。その旗頭はすでに死者であるため取り除くことも出来ず、どちらかが滅ぶまでの泥沼の戦いが始まるだろう。
だからこそ自分たちが勝ち、捕え、その死すらもこちらの思うままだということを見せつけることで残る抵抗の意志を挫くのだ。
「……いいでしょう。そこまで承知しながら、一人の人間のために身分を明かすその覚悟に免じて、言うとおりにしましょう」
「礼を言うわ、帝国の下将。……では行きましょうか」
そこまで話が進んではじめてカネミツが動く。今度こそ服の中に隠していた片手剣を抜き放つ。
「ここまできて、はいそうですかと行かせると思ってんのかっ!」
右手に持つ剣は順手に。アミナに向かって駆ける。
「……敵対の姿勢をとるなら話は別ですよ?」
瞬く間に発生した霧がカネミツを捕える。彼は左手で霧を掴みにかかる。
「気体を掴むことなど不可の……えっ」
アミナの驚愕を裏付けるように、カネミツが左手で霧を引きはがす。
「魔法の霧なら、魔法の意志で退けるだけだろう!」
「……厄介ですね……。もしわたし一人であれば、どう転んでいたかわからないかったでしょうが……」
もう立ち直ったのか、落ち着いた様子でただ右手を挙げた。
「ダメッ!!」
アンナの悲痛な叫びが場に響くが、状況の推移を覆すには至らない。
アミナに同行していた三人の帝国兵が持っていた槍でカネミツに襲い掛かったのだ。彼らの鎧や兜、槍に至るまで刻印魔法がびっしりと施されている。
帝国の誇る重魔導騎士がアミナにしか注意を向けていなかったカネミツを三方向から貫き、斬り付け、地に叩き伏せた。
「がっ……!」
地面にぼろ雑巾のように転がるカネミツ。そんな彼と、それを目に青ざめるアンナを一瞥してアミナは言う。
「……五分だけ、時間をあげます。別れの挨拶を済ますと良いでしょう」
●
アミナと名乗った少将が三人の兵士を連れ離れていくのが視界の端に見える。
「カネミツ、大丈夫!?」
入れ替わりにアンナが近づいてくる。痛む体に鞭打ってうつ伏せから仰向けになり、正面から彼女の顔を見る。
血の気が引いた顔は可哀そうなくらい冷たそうで、その瞳にはうっすらと涙がにじんでいた。
「……ばかっ! どうしてあんな無理をするの……?」
――助けたいと思ったから、動いたんだ。アンナのせいじゃない。
「……ごめんね? 黙ってて。わたし本当はみんなと一緒に居れるような人間じゃなかったんだ」
自分の声が出ていないことに、噛み合わない会話で気づく。
「すぐに別れるべきだった。そうしたらカネミツも巻き込まないで済んだのに。もしかしたらここで死んじゃってたかもしれないんだよ?」
誰かと一緒に居ることに、資格なんて必要ない。それに自分で自分を傷つける言葉を吐くのはやめるんだ。そう、言いたいのに声は出ない。
「もう長くない人生だけど、皆と会えたこと、一緒に過ごしたことは忘れない。普通の女の子に生まれていたらって夢を見られたよ」
――やめてくれ! 夢なんかじゃないだろう! アンナはどう見ても普通の女の子じゃないか! 身分がなんだ!
――助けることが拒絶されるのが怖いだなんてもう思わない。涙を流す顔はとても痛々しくて、言葉などよりも如実に助けてほしいと言っているじゃないか。
――だから謝るのはやめてくれ。これはいつもの自分勝手な行動だから。
――俺にその、生きてさえいれば何とかなるから生きてほしいという目をやめてくれ。俺は生きているからこそ何とかしたいんだ。
――だから、そんな風に罪悪感を感じないでくれ……。
困難に立ち向かったその後に。
見たいのは、笑顔で。
聞きたいのは、「ありがとう」。その一言で。
思われたいのは、手を差し伸べてくれてありがとう、だ。
たとえ、どんな結果に終わったとしても俺の自分勝手な人助けに、当事者が負い目を感じる必要はないだろう?
だから困難の果てに。
見たくないのは、その涙で。
聞きたくないのは、「ごめんなさい」。その一言で。
思われたくないのは、やっぱりだめだったね、だ。
謝るのは俺なのだから。助けてやれなくてごめん、と謝るべきは無関係のくせに勝手に介入したこちらだから、巻き込んだなどと思わないでほしい。
「……ごめんね。本当にごめんなさい。もう二度と会うことはないけど、これからも元気でね。皆にもよろしく。皆、本当にやさしい人たちだから心配だよ。お節介ばかり焼いてないで自分の身も大事にしてね? じゃあ、そろそろ行くわ。最後にかけがいのない時間をありがとう……さようならカネミツ」
そしてアンナはこちらに背を向ける。
その時「カラン」と微かに鐘の音が聞こえた気がした。
――あぁ。この音は……。
遠ざかる彼女を見ながら徐々に視界が暗くなる。
覚えているのはそこまでだった。
いかがでしたしょうか?
これで間章を挟み第三章へと進みます。
感想・ご指摘などお待ちしております。




