2章:辺境の邂逅者たち 02
遂に場所が変わってきます。
長い、長すぎる。
もうしばらくお付き合いください……。
そして日が頂点を迎える昼時を僅かに過ぎたころ、カネミツ達はアウグストゥス達がこの国での拠点としていた廃墟から出発する準備を整えた。
カネミツも他の者たちも移動は馬車だろうと思っていたのだが、彼らの目の前に現れた移動手段は彼らが予想したソレではなかった。
「馬がいないのに、どうやって移動するの?」
子どもながらの素直さで質問するコキアが羨ましい。カネミツ達も疑問は感じていたがコキアのような疑問ではなく、
「……魔動力車なんて、どこで手に入れたんだ?」
というものだった。
魔動力車は技術大国と言われるだけあって、やはりこの国ブリスコアの発明である。その名の通り馬に引いてもらうのではなく、魔法の効力で動く車だ。移動速度は馬車と変わらないが、馬車にはない利点を数多く備えている。
まず一つは馬に引いてもらう必要がなく、内蔵された魔導核を起動するだけで動かせる。動力が生き物ではないので臨む限り――魔導核が壊れなければ。魔導核もやはり人の手で作られたものであるから修理などは必要になってくる――半永久的に移動し続けられる。
また馬よりも積載容量の限界がはるかに多い。そのため身を守るために車体を補強でき、内装も荷物を運ぶだけではなく、自分たちが一息つくためのスペースとして整えることが出来るため、移動するためのものとは思えないほど快適に過ごすことが可能だ。
そしてこれが最も大きい利点だが、操作が驚くほど簡単なのだ。馬車と御者台とは違い、操縦する人間も、操縦するための専用の部屋に入るので風に晒されることなく移動できる。進みたければ右足のペダルを踏み込み、止まりたいときは右足を離し、左足のペダルを徐々に踏み込む。曲がりたいときは目の前に取り付けられているハンドルというものを曲がりたい方向へ傾けるだけでいい。
馬の機嫌や性格などといったものに左右されることもなく、馬を休めるために掛かる時間を短縮しながらより多くの荷物を運ぶ。移動の際は馬車と比べようがないほど快適に過ごすことが可能。極めつけは操作が単純で短期間の練習である程度こなせるため、誰にでも操縦の交代が容易になった。
だが、これだけの利点を備えた世界でも指折りの新発明である。もちろん手に入れるためには莫大な資金が必要になってしまう。彼らの目の前にあるのは、一台当たり七・八人は乗れる大型のもので、その一台を買う金でこの世界に存在する三〇人程度の小さな集落の全員が、半年は遊んで暮すことが出来る、と言えばわかるだろうか。
そんな物が一台ではなく、三台も並んでいるのだからカネミツ達の驚きを多分に含んだ疑問ももっともだ。
「ん? あぁ、いろいろこんな活動をしてるとよ、結構多くの国の人間と知り合ってな。この魔動力車はブリスコアの協力者というか、共感者というか……とりあえず知り合いがこの国にも数人いるんだが、そいつらが使えと時々くれるんでありがたく使っているわけだ」
カネミツはアウグストゥスの返答を聞いて眩暈がした。今は他の国で活動している仲間も数台使用しているとのことなので、今ここにあるだけではないらしい。
アウグストゥス達の集団は資金力という面では困ることはなさそうだ。いや、それほどの価値あるものを簡単に譲れるのだから、国の有力者の可能性が高い。それもこの国に限ることはなさそうだ。かなりの力を有する集団になっているのではないだろうか。
そんな出来事があったが、一行はついにその廃墟を後にする。首都コラジエムは中央に位置しているイメージがあるが、実は国境近くに位置している。これはこの国の基となった街がそのまま首都になったためである。ブリスコアは大陸の東を総べる大国だが北は帝国の影響が強すぎ、南方へしか都市の拡大が難しかったからだ。
そして今から向かうアルヘオ王国跡地はブリスコアとエタン帝国の間にある小国家群のひとつ。そのため国境の関所へは一時間程度で辿り着ける。
もちろん検問のために魔動力車の中も調べられるが、そこは馬車よりもはるかに内装を好きに弄れる魔動力車だ。カネミツ達七人が見つからないよう隠れることはわりと簡単であった。流石に危険な場所を自分勝手な善意で回ることはある、と思う。
ブリスコアを後にした一行だが、馬車で三日、馬車よりも長く移動に時間を割ける魔動力車でも一日半から二日はかかる旅程だ。
アウグストゥス達は慣れているので問題はなかったが、カネミツ達は旅の中でこんなにのんびり移動ができることなどなかった。よってものすごく暇である。そんな状況だったのでこんな事態になるのも一つの必然だったのかもしれない。
「コキアの教育方針を決めます」
「……教育方針って、ヴィオ。どこの教育ママだ」
「黙りなさいグレイ。わたしはまだお姉さんとして通用する年齢よ……? とりあえずコキアは家族もいなくあの国にも居場所がなくなったから、わたし達が連れてきたわけだけど、今の時代、生きるために必要な知識や技能なんて腐るほどあるわ」
「なるほど。知識はもちろんですが、技能についても盲点でしたね。わたし達が一緒にいると言ってもコキア自身がいつ自立したり、単独行動に陥っても大丈夫なように手ほどきをするというわけですか」
「ベルちゃんは流石ね。アスワドも爪の垢を煎じて飲みなさい」
「いまどうしてボクに言ったのさ!?」
「とにかく! わたしとしてはやっぱり魔法は身を守れる程度は最低限として必要だと思うわ。皆はどう思う?」
腕を組み皆の意見を窺うヴィオレッタ。
子どもとはいえ一人の人間の人生を左右しかねない問題なので、緊張した雰囲気が場に満ちる。それぞれ自分の考えをまとめるためだろう。わずかに嵐の前の静けさとも形容すべき間を挟み各々考えを述べる。
「おれは魔法については反対だな。覚えるにしても習熟速度に個人差がありすぎる。子どもで使えるようになった奴もいれば、生まれてすぐに訓練をしたにも拘らず死の間際に使えるようになったという例もあるくらいだ。魔法を教えるくらいなら、戦闘技能とまでは言わないまでも、護身術を優先すべきだろう」
グレイがヴィオの考えに反対する。確かに魔法は強大だが誰でも使えるというものではない。少なくとも帝国以外の国では大半がそうだと認識している。グレイの考えもその認識に則ったものだ。
そんなグレイの考えに反対意見を述べるのはファン。
「いや、やっぱり必要だろうよ、魔法。仮に魔法を使える奴と対峙したら護身術なんて何の役にも立たねぇもん。それにあたしは護身術は魔法が云々関係なしに必要だと思うから、それに加えてやっぱり魔法は手ほどきするべきじゃん?」
「ボクは魔法使えないから反対かな!」
「うるさい黙れ」
「ボクに対してだけ口調が変わってないかい!?」
ファンに続きアスワド、その意見は何の参考にもならないものであったが。そしてベルデが容赦なく切り捨てたそのままに続ける。
「わたしも魔法は必要だと思います。先ほどファンが言ったように魔法の使用が可能か否かで逆に脅威に対する優位性を保持できます。そう考えると護身術などより魔法を優先したほうがコキア自身、安全ではないですか?」
「ワシは反対だな。ただでさえコキアはあの国で戦争の道具、さらにその道具として技術院へ連行されそうだったのだぞ? 魔法なんかをこの年で覚えてしまえば、それこそどこかで戦争に参加させられるのではないか?」
ブルが反対意見に一票。
「わたしはさっきも言ったけど、魔法はやっぱり必要だと思うわ。魔法が使えるだけで、使えない一般人兵士くらいなら退けることは可能だし、ブルの言った心配もあるとは思うけれど、それは魔法を使えても使えなくても変わらないわ。それなら、使えるようになっておくべきよ。こんな時代、こんな状態だからこそ、ね」
そして最後に残ったカネミツに皆の視線が集まる。カネミツは少し困ったように頭を掻きながら自分の考えを言う。
「いや、まずコキア自身はどうしたいか聞かない?」
「……」
「……」
「……」
「だよね!」
「……」
「……カネミツ。あんた皆が真面目に考えてるのにそれはナシじゃない? まぁ確かに本人の意思は必要だけれど……ちょっとは考えてよ、もぅ……」
皆が肩透かしだというように目をぱちぱちと瞬きしてしまい(一人を除いてだが。誰かは言わずもがなである)、ヴィオレッタに至っては頬に手を当てながら溜息を吐くものだから流石に少し申し訳なく思ったカネミツだった。
「でも魔法にしても護身術にしても、押し付けるよりコキア自身が決めるほうがよくないか? 身を守れるようになりたいのか、ただ隠れて生きていきたいかのかもコキア自身がよく考えて決めればいい。どんな風に決めようとおれ達は絶対に味方なんだから、さ」
そして一斉にコキアへと視線を向ける。いままであまりにも真面目に話していた大人たち。
あくまでコキアから見てだが、そんな彼らが急に皆で顔を向けるのだから、「ビクッ」としてしまっても無理はない。
「あ、えぇと……その。わたしは自分の身も守れるように魔法も護身術っていうものも使えるようになりたい、な……。そうすれば辛くても、悔しくてもただ何もできないよりはいいだろうから……それに」
『それに?』
今度は七人が一切のずれなく声をそろえるのでまたしても「ビクッ」としてしまうが、コキアは話を続ける。
「わたしが皆に助けてもらったように、だれか困ってるひとを助けてあげれると思うから……」
今度はカネミツを除く六人が一斉にカネミツに振り向くので、カネミツが「ビクッ」としてしまった。しかも彼らはなぜかニヤニヤ顔でこちらを見ているので不気味なことこの上ない。
「な、なんだよ……?」
「よかったですね、カネミツ。あなたが言った小さな善意はコキアの中にもちゃんと根付いたようですよ?」
ようやく彼らの言いたいことを察したカネミツは一言だけ返すことにした。
「うるせぃやい」
彼の顔は照れくささやら、軽くからかわれた羞恥やらで赤くなっていたことは言うまでもないだろう。
このやり取りを最後にコキアに魔法や護身術などを含め、彼ら七人が教えるべきことが決まった。




