七
「うん? 何やってるんだ、おまえたち?」
顧問の先生が立っていた。克磨はカバンから手を離し、「伏垣くんに用があるんです」と答えた。それを聞いた先生は顔をしかめた。
「伏垣になんの用だ? 君はさっき下にいたな? 大条が何か言ってたが」
「ああ、気にしないでください。伏垣くんとは友達として話があるんで」
克磨のやつ、伏垣くんとも知り合いだったのか。
先生は納得してくれたらしく、背後にいる伏垣くんに何やら重そうな話を軽くしたあと、教頭先生とともに去っていった。
「で、君、誰?」
と言ったのは伏垣くんだった。あれ? 今のは克磨に向かって言った言葉だよね?
「知り合いなんじゃないの?」
「いや。初めて会った」
「オイッ!」
私たちのやりとりを、伏垣くんは不思議そうに見ていた。
「あ、久し振り、伏垣くん」
ひとまず克磨への言及は避けて挨拶をした。
「久し振り、晩家さん」
さすがに笑顔は影を潜めていた。金重さんと同じぐらい活力がない。
「ちょっと話とかって、聞いてもいい?」
克磨ではややこしくなりそうだと判断し、私が話を聞くことにした。まるで私のほうが野次馬っぽくって嫌だなぁ。
「あんまり、話したくはないんだけど」
そりゃあ、そうだよな。なんて思っているあいだに克磨は質問していた。
「キミは、池幡さんの頭を殴ったんだよね?」
いきなりそんなことを克磨は質問した。ボールをぶつけたと言わずに殴ったと言ったところに克磨の意図が垣間見えた。
「えっ? それはしてないけど」
私が指摘する前に自然と驚いた伏垣くんはそう答えた。
「そうか。頭にボールをぶつけたんだっけ?」
してやったりの表情で克磨は言いなおした。
「なんで、そんなことになったんだい?」
核心的な質問に、その場の空気が冷えた。しかし、「どう説明したらいいかな」と、話してくれる気配を見せた。
「話してくれていいの?」
私が驚いて聞いた。話してくれないと思っていたからだ。誰だって、自分の過ちで人に怪我をさせてしまったことを見ず知らずの人間に話すなんて苦痛だ。
「あそこで練習していた経緯とかは大条から聞いてるよ」
克磨がそんな伏垣くんの立場なんて無視して言う。そんな態度を怒ろうとするが、伏垣くんは気にした素振りは見せずに話を続けた。
「そっか。じゃあ、池幡さんが僕の練習を見に来てくれてたのも知ってるのかな?」
私と克磨は首を縦に振った。
「池幡さんは僕の様子を見に来てもくれたし、バッターボックスに立ってくたりもしたんだ」
「池幡さんが打つの?」
素直に驚いた。野球部マネージャーともなると、バッティングもできるのか!
「いや、池幡さんは実戦を意識してってバットを持ってきてたけど、ネットをキャッチャーに見立てて打席に立っていただけだよ。それでも、いい練習になるんだよ。池幡さんは右打ちなんだけど、時々左打席にも入ってくれたりして」
やっと笑顔を見せて伏垣くんは言った。
「けど、暴投してしまったんだ」
途端に笑顔は引いていった。
「それを池幡さんはよけきれなかった。それだけじゃなく、僕が放りっぱなしにしていたボールが池幡さんの足元には転がっていて、それに足をとられて彼女は転んだんだ。そのとき、思い切り頭を地面にぶつけてしまったんだ」
彼の脳内でそのときの映像が流れたのだろうか。伏垣くんは肩を落としてうなだれた。だがすぐに、顔をあげた。その顔は固かった。
「そのとき、池幡さんはどっちの打席に立っていたんだい?」
「右だけど」
「わかった。それから?」
「すぐに大条に言いにいった。ここで練習してるって教えてるのは、池幡さんと金重さん、それから大条だけだったから。理解してもらうには手早いと思ってね」
「すぐって、具体的に言うと?」
「二分もかかってないと思う」
そこで克磨は思案気に顔をしかめた。それを見て伏垣くんがどうしたのだろうという表情浮かべた。克磨の表情から、私は話が終わったことを察した。
「ありがとう、伏垣くん。ゴメンね辛いこと聞いて。池幡さん、早くよくなるといいね」
「あ、うん。池幡さん、重態は避けられたようだから……いや、僕がこんなことを言うのはおかしいな」
暗い表情で伏垣くんは言う。私としては克磨の考えがあるだけに、そんな彼に遣る瀬無さを覚えていた。
「大丈夫だよ。それに、伏垣くんばかり責任を感じる必要はないんだから」
それを聞いて伏垣くんは一瞬きょとんとした。それからすぐに弱々しく笑んだ。
「うん。ありがとう」
私も笑い返した。
「そういえば、金重さんが、というか大条が気にかけてたよ」
克磨が難しい顔を解いて言った。
「そう? 教えてくれてありがとう。たぶん部室かな? いってみるよ」
「ああ。んじゃ、悪かったね」
克磨は片手を挙げた。
「いや、いいんだ。それじゃあ、えーと……」
「武登だ」
「それじゃあね、武登くん。晩家さんも」
伏垣くんはもう一度無理に作ってはいるが笑顔を向けると、私たちの前から去っていった。伏垣くんの姿が見えなくなってから、克磨がつぶやいた。
「これで、すべてわかった」