六
伏垣くんは、本来課されるよりも過多な罪の意識を負わされてしまうかもしれない。
今日初めて真摯な顔を浮かべて克磨は言った。
「ボールが原因じゃないとすれば、池幡さんを重傷たらしめたのは他の人ということになる。だから、伏垣くんから話を聞く必要があるんだ」
お遊びや好奇心で伏垣くんから話を聞こうとしているわけではないようだ。だが、 克磨の言うことが正しいのなら、今回の事故には犯人がいる。つまり事件だ。
犯人。池幡さんを重傷たらしめた人物。
私は、克磨の言うとおり伏垣くんの様子を見にいくことにした。短いやりとりのあと、まるで似つかわしくないぐらい颯爽と克磨は出かけていった。さりげなくカバンを持っていってた。
指導室は二階にあり、部室からは二つほど下の階になる。階段を下りながら克磨の言葉を思い出した。
「事故じゃなくて事件、か」
辺りに人もいないので、思わず独り言をもらしてみる。
「伏垣くんの話し次第、か」
息を吐いて天井を見上げた。
私が生徒指導室の前に来てみると、部屋の小窓から明かりが漏れていた。近付いて覗いてみると、伏垣くんと教師が二人いた。顧問の先生と教頭先生かな? 部屋の中をじろじろ見ているわけにもいかないから、私は指導室の正面の壁にもたれて待つことにした。
「あら? 晩家さん?」
不意に声をかけられた。声の方を向くとジャージ姿の金重さんがいた。
「こんにちは。大変だね、野球部」
金重さんは複雑そうに苦笑いを浮かべた。
「こんにちは。うん、ちょっとね。晩家さんは、こんなところで何してるの?」
うーん。確かに私がここにいるのは明らかに不自然だ。でも、話していいのだろうか? 大条くんにはあまり関わるなみたいなこと言われたから、あんまりあからさまにするのはまずいだろうし。
「ああ、うん。ちょっと、友達待ってるんだ」
「こんなところで?」
「うーん……」
間違っちゃいないけど、明らかに変な理由だ。
「伏垣くん関係?」
間違いなくばれてる。して、どうやって逃れる? というか、金重さんにならべつに話してもいいんじゃない? いいよね、べつに? でも、克磨の名前は伏せたほうがいいだろう。
「事故のこと聞いて、気になったんだ」
その答えに、金重さんは物悲しげに目を細めた。私は慌てた。
「そういうのって、やっぱり部外者に聞かれるの迷惑、だよね?」
取り繕うようにして私は言った。金重さんを見ていると罪悪感のようなものを感じてしまう。それほどまでに金重さんは辛そうだった。
「あ、いや、そんな、って言うのも変かな? 露骨に拒否することもできないし。でも、どうぞっていうのも、やっぱり変、だし」
伏し目がちに金重さんは言う。そんな姿がいっそう見ていて痛々しかった。
「ところで、金重さんはここへは何をしに? やっぱり、伏垣くんの様子を見に?」
克磨ばりに無理な話題転換をする。って、結局踏み込んでる。
「そう、伏垣くんの様子を見て来いって大条くんに言われて。あ、でも、まだみたいだから、戻るね」
「待たないの?」
もしかしたらもうすぐ終わるかもしれない。
「いや、いいの。また来るから」
軽く手を振って、金重さんは去っていた。去り際の表情も、やはり辛そうだった。
金重さんが去ってからしばらくして克磨がやってきた。
「まだか?」
ぶっきらぼうに克磨は聞いてきた。もっと他に、あるんじゃないのかな!
「まだみたいだよ。それから、さっき金重さんと会ったよ」
「金重さんと?」
「うん。伏垣くんの様子を見にって。でも、まだだからってすぐ帰ったけど」
「それだけ?」
克磨は険しい目付きを鋭くした。えっ、なんで?
「どうしたの?」
「オマエ、ボクが嗅ぎ回ってるって言ってないだろうな?」
脅迫するような目で睨まれ、私はこくこくと頷いていた。情けない話、克磨の迫力に負けた。
「なら、いいや」
克磨の目にひそむ剣呑の度数が薄れていった。
「それで、ゴミ捨て場で何か見付かった?」
一安心してそう尋ねた。そもそもここで私が待たされていたのはそれが理由だ。何も収穫なしとか言ったら、どうしてくれようか。
「見付かったよ。だいぶ重要な代物が」
にべもなくという表現が場違いなまでにぴったりなほど素っ気なく、克磨は言った。
「えっ、あったの?」
「あっちゃ悪かったか?」
克磨は語感的に『憮然とした』と言いたくなるような顔をした。
「何があった?」
克磨はかけていたカバンの中からそれを取り出そうとした。だが、ちょうどそのとき指導室のドアが開いた。