三
救急車が女の子運んでいき、その場に残ったのは野球部員が一人と私と克磨。救急車の音が聞こえなくなると、克磨がにわかに私のそばから離れて、野球部員に近付いていった。よくわからないまま私は克磨に従った。
「大条。話を聞いてもいいかな?」
克磨はその野球部員の肩を後ろから叩いて聞いた。大条と呼ばれた野球部員はしかめた顔を向けた。さっき克磨に対して下がれと怒鳴った人だった。相変わらず担いだ金属バットが太陽光でちかっと光ったりする。
「おまえ、首突っ込むなよな。こっちはもうすぐ夏大だってのに、面倒は嫌だ」
「そう言うなって。ちょっと気になるんだ」
克磨は不敵に笑んだ。
「池幡さんはどうして救急車で運ばれることになったんだ?」
克磨が言った池幡さんとは、確か野球部のマネージャーだった気がする。いっしょのクラスになったことはないけれど、元気な女の子でにぎやかだから、よく彼女の噂は耳にする。会ったことはほとんどなかったため、運ばれていった女の子が彼女であることには気付かなかった。
「事故だよ! 頭に大怪我をしたんだ! それがどうかしたのかよ!」
「いや、べつに。で、何があったんだ?」
やんわりと怒鳴り声をスルーする克磨に、大条くんはため息をついた。
「……伏垣がさ、投球練習中に誤って池幡の頭にボールぶつけちまったんだ」
伏垣くん? 伏垣くんとは去年同じクラスだった。小柄で寡黙な人だ。時々坊主頭にしてくることを不思議に思っていたが、野球部ならば合点がいく。
「ふーん。こんなところで?」
楽しそうに克磨は言及する。楽しそうにというのはいささか不謹慎であるが、克磨の抱いた疑問は私も抱いた。野球部なら普通はグラウンドで練習しているはずだ。こんなところで練習中の事故が起こるなんてことがあるのだろうか?
「伏垣が投球練習するときはいつもここでしてたんだよ。ブルペンが人数分ないからさ。伏垣のやつ補欠だからって遠慮してたんだ。遠慮ついでにあいつはここで練習するってみんなには言ってない。まあ、みんなそう気にしてないからいいんだけどな」
伏垣くんらしいといえばらしい。私の記憶にある伏垣くんは、いつでも一歩相手に譲るような人だった。話しかければ笑顔を見せてくれる人でもある。
「それで、なんで池幡さんがここにいたんだ? 彼女は伏垣くんがここで練習していることを知ってたのか? それよりも、夏の大会が近いんだろ? 補欠はいいとして、マネージャーがグラウンドを離れていいのか?」
「……いちいちおまえは気に障る言い方するよな」
「気のせいだろう」
大条くんの表情が険しくなったのがわかった。悪びれもせず言う克磨に、ちょっと私もいらっときた。
「池幡は知ってたよ。気付いたらいなくなる伏垣を不審がって問い詰めたらしい。二人は同じクラスだから言い逃れられなかったんだろう。それで時々様子を見にいってもらって、ついでに投球練習の相手をしてもらってたんだ。あと、今日はマネージャーたちには道具の手入れをしてもらってたから、一人ぐらい減っても平気だったんだ」
「手入れって?」
「ヘルメットとかメガホンとかの点検だよ。バットとかボールとかもだ。使えそうなやつの数を調べてもらって、汚れてたら綺麗にしてもらうんだ」
「ふーん。それで、事故が起こったその後は?」
質問の意味はなかったのか! と怒鳴りたくなるほど淡白な様を見せる克磨だった。大条くんは呆れ感を溜息一つで表した。
「伏垣は俺にまず伝えにきたんだ。池幡の頭にボールをぶつけて気を失わせてしまったってな。だから、まず先生に伝えにいかせて、俺は池端のもとへむかったんだ」