一四
克磨が向かったのはやはり教室ではなかった。グラウンドだった。
――どうして、また?
私は校舎の影に隠れながら克磨の行方を追った。克磨は部室棟へ一直線に向かっていた。三人の姿はもうなかったが、おそらく部室内にいるのだろう。部室棟へ辿り着いた克磨は、棟の前に自転車を置くと部室の一つへ入っていった。
やはり、まだ終わりではなかったのか。でも、なんで私は外されたんだ?
痛む背中や腕を摩りながら首を傾げてみるが、それで答えが出るわけもなかった。
「やっぱり、除け者ってことかな?」
考えないようにしていたことがすぐに口をついて出た。
しかたない。盗み聞きをしよう。
そう決めて、私は部室棟へ向かった。克磨が入った部屋のそばまで近付くと、部室から伏垣くんが出てきた。
「って、なんで僕が追い出されるわけ? あれ? く――」
私は唇に人差し指をあてて伏垣くんを制した。伏垣くんは後ろを一瞬見てから、私のそばへ駆け寄ってきた。
「で、どうしたの?」
「克磨のあとを追ってきたんだ。克磨、教室に忘れ物したとか言って、私を除け者にするんだ。だから、盗み聞きをするの」
伏垣くんは苦笑いを浮かべてなるほどと頷いた。
「伏垣くんはどうしたの?」
理由はおそらくわかるが、とりあえず聞いてみた。伏垣くんは肩をすくめた。
「武登くんに追い出されたよ。『キミはいるべきじゃない。いちゃいけないんだ。よって即刻帰りなさい。池幡さんへのお見舞いも忘れずに。それじゃあ、バイバイ』って」
「ははぁ」
克磨らしい強行手段だ。
「うん。じゃあ、帰るんだ」
「うん。帰りに池幡さんのお見舞いに行こうと思う。それじゃあね」
バイバイと手を振り、伏垣くんは私の横をとおり過ぎた。私もバイバイと手を振った。
して。『野球部』と書かれた部室に近付き、私は耳を澄ました。辺りは静かなため、まったく聞こえないということはないだろう。
「もう一度聞きますよ」
狙い通り、克磨の声が小さくなって聞こえた。
「どっちが突き落としたんだ、コラァッ!」
ライオンが咆哮したのかと思った。突然の克磨の怒鳴り声に、私は克磨が今なんと言ったのかわからなかった。
「大条、オマエかっ! オマエが突き落としたのか!」
がしゃん、と何かが倒れる音がした。
「は、離せよ、武登! あぶねーって! ちょ、ちょっと落ち着け!」
大条くんの声がした。
克磨が、大条くんに掴みかかったのか? あの克磨が?
「それとも金重さんか!」
「ち、違う! それは私じゃ――」
「どっちなんだよ!」
ばかんっ! どかんっ! って、なんの音、これ? や、まずいんじゃないのかな、これは?
「わ、わわわっ! やめ、やめろ!」
大条くんが危機に直面したような声をあげた。
――ああ、まずい。
私はドアノブを掴み、思いっきり開いた。
「克磨! 何やって――」
「うぎゃー!」
勢いよく開け放ったドアは、同じぐらい勢いよく跳ね返って閉じた。あと一歩前に出てたら鼻を打つところだった。
「あれ?」
約二秒の静寂のあと、私はゆっくりドアを開いた。おそるおそる部室の中を覗くと、まず金重さんと目が合った。部室の隅に座り込んでいた。私のことを未確認飛行物体でも見るような目で見ていた。もうすこし開けると、倒れた机とその横に尻餅をついている大条くんがいた。さらに開けようとして、何かにつっかかった。入れないこともないので入ってみると、何がつかかっていたのかがわかった。
体の背面に手を伸ばして、ひたすら痛がっている克磨だった。またたびを嗅いだネコみたいに床を転げている。
「えーと、どうしよう?」
「どうしようじゃねー! なんでオマエがっ! って、いてー!」
背中を押さえながら克磨は床の上をごろごろ転がり回った。うわー、砂埃が立ってる。
ではなく。私は克磨をうつ伏せに押さえつけ、痛がる個所に手で触れた。
「うぎゃー! 殺す気か!」
「そんなわけないでしょう。金重さん、何か冷やせるものってないかな?」
隅っこで縮こまっている金重さんに問いかけると、彼女はよろよろした足取りで救急箱を持ってきてくれた。
「シップなら……」
そう言いながらシップを渡してくれた。それにお礼を言い、私は克磨のワイシャツをむんずと掴んで彼の背中をあらわした。
「って、何するんだ! 人の肌見てんじゃねー! キャーキャー!」
克磨の背中の一点がやけに腫れていた。高さ的にドアノブの位置と同じぐらいだろうか? 私はシップのビニールを外し、そこへそっと張った。
「うっ、ぎゃあぁああぁぁ!」
克磨がふたたび叫んだ。
うるさいな、もう。
でも――