一三
「今回の事件はそもそも偶発的な事故ではじまった。ということは事件の計画性はない。継ぎ接ぎ感がありありだ。アナタは通り魔的に、池幡さんを殴ってしまったんですね。その理由はなんですか?」
詰問口調で克磨は金重さんに問うた。目には憤怒の色が見えた。これまで隠してきた怒りが、隠し切れずに溢れ出ていた。それに気圧された感もあったのだろう。金重さんが静かに口を開いた。
「野球部の中で、池幡さんの存在が強すぎて、存在感だけで言えば私なんかはいてもいなくてもよかったの。だけど、仕事の上では池幡さんだけじゃ勿論無理。でも、いつも見られているのは彼女だけ。私なんかはいくら頑張ってもチームメイトからお礼なんてそんな言われない。みんな、池幡さんばかりが働いているように見えた。それなのに、最近は伏垣くんの練習ばかり見にいってマネージャーの仕事なんかしてなかった。それなのにチームメイトはおまえだって三年なんだから、池幡さんぐらいに気を使えよって言う……私だって、頑張ってるんだ!」
だんだん、堪え切れないというように叫んでいた。
「結局のところ、嫉妬みたいなものなのかもしれないけれど」
うってかわって自嘲気味に金重さんは言う。心底、自分に呆れているように。それを聞いて、克磨は真逆な感情が入り混じったような表情を浮かべた。
「まあ、変に言い訳するよりも潔いですけどね。でも、あんなことをした必要性も必然性もありませんよね? それ、ちゃんとわかってくださいね」
と、克磨は私の方へ向かってきた。
「ほら、駅まで送ってやるから、早く帰るぞ」
「へっ?」
終わり? あれで終わり?
「あ、あのさ! 克磨」
「なんだよ?」
大儀そうに問い返す。克磨がそんな態度だと、本当にこれで全部終わりみたいな気分になるじゃないか。
「これで、終わり?」
「何がだよ? あとは野球部の問題だろう。それに、池幡さんだって重態じゃなさそうだから死にはしないさ」
首を振って克磨は私にそれ以上話をさせなかった。
振り返り、大条くんと金重さんに向き直った。二人ともうなだれていた。伏垣くんが一人、状況を受け入れられていない様子だった。やはり、伏垣くんは優しい人なのだなと感じた。露骨な話、池幡さんが重傷を負ったのは彼のせいではなく彼女のせいだとわかり、普通なら安心するところだ。だけど、彼は安心しない。というか、できない。彼には、できないんだ。
「騒がしたね、大条。それじゃあ、また。金重さんも伏垣くんもね」
片手を振って克磨は歩きはじめた。私は三人に頭を下げてからあとを追った。
「ねえ、克磨――」
私を無視して、克磨はどんどん進んでいった。駆け足にならないと追いつけそうになかったが、まだ体が痛くて走れなかった。すぐに克磨は校舎の陰に入って見えなくなった。
克磨は校門で待っていた。克磨は自転車通学のため、そばには自転車が停められていた。
「遅い」
「うるさい。こっちは体が痛くて仕方ないんだから」
そう不平を言うと、克磨は減らない口を閉じた。
「やべ」
唐突に克磨は呟いた。
「どうした?」
「教室に忘れ物。オマエ、先歩いてろ。すぐに追いつくから」
と言うと、克磨は自転車を転がしながら校舎の方へ向かっていった。
「先って?」
そりゃないぜ、克磨さん。時々でもいいから、克磨は私のことをもうすこし女の子を相手にするみたいに接してもいいと思うんだが。
まあ、言っても仕方のないことなんだけど。
「でも――」
今の忘れ物は嘘だろう、おい。
して。私はこっそり克磨のあとを追うことにした。