一一
伏垣くんだけが、「どういうこと?」と合点のいかぬ声を出した。そんな伏垣くんに克磨は視線を合わせ、「そういうこと」とだけ答えた。いや、答えになってないって。
「答えになってないよ、武登くん。というか、どうしてここで金重さんが出てくるんだい? 金重さんは関係ないじゃないか」
伏垣くんがちょっと怒気を含ませた目で克磨を見た。それを受けて、克磨はうっすら笑みを浮かべた。
「これから説明するよ。
で、池幡さんが出血していたのはそれが原因。あそこには彼女の頭部以外で血は散ってなかったけど、それはアナタが道具の手入れのときに使ってた雑巾――えーっと、これでバットについた血を拭ったからですよね?」
克磨はバックの中からさっき私に見せた雑巾を取り出し、金重さんに示した。
「何を根拠に?」
なんとか強面を作ろうとしながら金重さんは問うた。
「それはね、まず、帽子をかぶっている人の頭は、ボールがあたったぐらいじゃあそこまで出血はしないと思ったからですよ。そう思ったらさ、彼女はきっとボール以外の何かもっと威力のあるもので殴られたんだって考えるのが普通じゃないですか?」
男子と私に向けるのとは違って丁寧な口調で克磨は説明する。
「次に気になったのは、それじゃあ、血が付着した何かをどう処理したのかってこと。ほら、あそこってものを隠すような場所なんてないじゃないですか。だから、きっと犯人は血を拭いたんだって思ったんですよ。じゃあ、何で? 着ていた服とか? まさかね。あの場にいた人で体に血をつけていたのは池幡さんしかいなかった。となると、ハンカチなりなんなりで拭いたことになる。それで、この雑巾なんですよ。ほら、血がついてるでしょ?」
克磨は手に持った雑巾で特に黒ずんでいる個所を示す。
「道具の手入れをしていたというなら、雑巾を使っていてもおかしくない。これは、金重さんが使っていたんでしょ? 野球部員の中で、今日雑巾を使っていたのはマネージャーさん方だけ。そして、伏垣くんがあそこで練習していることを知っていたマネージャーさんは、池幡さんとアナタだけだ。それに雑巾なら、ジャージのポケットに隠しても見付かりにくい。まして、血がついている部分さえ隠せば、手に持っていたとしても違和感がない」
「そんなの、べつに池幡さんの血だかどうかなんてわからないじゃない。それに、今日ついたものじゃないかもしれないじゃない」
金重さんは反論する。鬼気迫るものがあった。だが、克磨はやんわりとやり過ごす。
「これ、野球部のゴミ袋の中から見付けたんですよ。その中には他に、縫い目が解けたボールとか、ひびが入って使えなくなったメガホンとかがたくさん入ってたんですよ。それにそのゴミ袋自体、比較的新しいものでしたよ。今日整理をしていて出たゴミばかり、みたいな」
さあて、次は何を言ってくる? そう言いたげな顔を克磨は金重さんに向けた。
「……でたらめよ」
金重さんは呪詛のように呟いた。
「そんなのでたらめよ。武登くんは考えすぎなのよ。普通に考えればいいことじゃない。実際にボールで池幡さんは出血したかもしれないじゃない。なんで私だと思うの?」
矢継ぎ早に金重さんは問い詰めた。その口調は落ち着いていて、核心をつかれた人の態度とは思えなかった。だから、私は少々不安になった。
だが、克磨は克磨だった。
「仮にボールで出血が起こったとしても、傷口の反対側から出血するようなことは物理的に不可能ですよ。池幡さんはあのとき右打席に立っていたようですから、ボールがあたって血が出るとしても、それは左側頭部でしょ? けど、実際には右側頭部から出血していた」
金重さんはついに押し黙り、今度は大条くんの方が問うた。
「でも、俺は伏垣から教えてもらってからすぐに池幡んとこまでいってるんだぜ? それからは一回も離れてない。それに俺自身言っただろ? 俺のあとに金重が来たって。池幡をバットで殴ってついた血を拭ってる時間なんて、あるわけないだろう!」
「そんなの、簡単さ」
大条くんの話を、一太刀で克磨はぶった切った。
「こんな事件、バレたら部として困るからさ」