十
陽のだいぶ傾いた外へ出ると、克磨は携帯電話を取り出して誰かに電話をかけた。相手が出ると、相手の居場所を聞いた。それを聞くと、克磨はこれからそこへ向かうと言った。
「じゃあ、いこうか」
電話を切ると、克磨が堅忍するような顔をして私に告げた。私は「うん」と答えた。
そうして、私たちはグラウンドを目指した。
夕闇迫るグラウンドに人気なんてものは皆無だった。だが運動部の部室棟の前に三人の人影があった。
それを認めると、克磨は軽く息をついてグラウンドを横断しはじめた。私は克磨の数歩後ろについて歩いた。
「やあやあ、御三方」
間もなくして部室棟へ辿り着き、いつもの人をくったような口調で、克磨が声をかけた。私は克磨のすこし後ろに立った。
克磨は大条くん伏垣くん、それから金重さんを見渡した。
忌々しげに大条くんは克磨を睨んだ。眼光は鋭いが、不安定な様がポケットから出し入れする手の動きに見られた。ちなみに、大条くんは私のことを一瞥すらしない。
「そう睨むなよ」
飄々と克磨は彼をかわす。
「晩家さん、何しにきたんだい?」
伏垣くんが遠巻きに見ている私にそっと聞いた。「ちょっとね」と、模糊に返した。伏垣くんは仔犬みたいに無害な顔で首をかしげた。
「で、なんの用だ?」
大条くんが語気を荒めて聞いた。克磨はズボンのポケットに両手を突っ込むと、楽しむような目で戴条くんと金重さんを見た。
「大条さ、オマエ、とんでもないこと知ってるんだろう?」
「……なんだよ、いきなり?」
あからさまに大条くんは返答に窮した。
「オマエ、金重さんの秘密――ひいては野球部の秘密を握ってるんだろう?」
大条くんと金重さんは気色を異にした。隣で伏垣くんは不安げな顔をしていた。
「どんな質問だよ、おい? 脈絡ねーだろ」
「脈絡なんて気にしてどうする? 逃げの一手にしては冴えないな。肝胆を砕けよ。だからボクみたいなのにすぐ不審がられるんだ」
克磨はそこで話す相手を金重さんへとかえた。大条くん以上に鋭い眼光を金重さんへと向けた。金重さんはそれを正面から泰然と受けた。とても同い年とは思えないほどその態度は凛々しいものだった。私なんかは、怯んでしまう。
「何?」
物々しい声で、されど女性の品格的なものは持ち合わせた声で克磨を威圧した。
「お綺麗ですね、金重さん」
緊張の糸があっさり切れた。ぶちんっ、と。
何言イ出シテンダ、コノ子ハ! いや、確かに金重さんは綺麗な人だけど……じゃなくて、違うでしょ!
言われた金重さんはそれまで顔に貼りついていた強面を崩していた。というか、鉄球でもくらった鳩みたいな顔をしていた。
うひゃー、吃驚! みたいな。あっ、愛嬌ある。
「な、何を急に!?」
大条くんが空前絶後という呈で詰め寄った。
「あん? 素直な感想を述べただけだけど、何か?」
対して無表情の克磨。
して。
なっくるッ!
私はかなり強めの左ストレート(捻り有り)を克磨の背中に叩き込んだ。「うぎゃー!」と喚いて克磨は前に飛び退き、背中を押さえて跳ねた。
「いってーな! 畜生!」
「話を脇に逸らしてどうする!」
克磨は飛び跳ねながら、「うるさいな。黙っとけよオマエは」と泣きそうな声を出す。
「仕方ないじゃん。こんな綺麗な人に、正面から熱い視線を受けたことないんだから」
なっくるッ! 二発目は横へとびのいてよけられた。
「わかった、わかったって! 話を戻せばいいんだろう!」
自覚はあったらしい。克磨は背中を摩りながら部室棟の段差に腰かけた。私たちは克磨を半分囲むようにして次の言葉を待った。
「金重さん。アナタは気を失ってる池幡さんをバットで殴りましたね」
おーいてて、なんて最後にもらしつつ克磨は言った。あまりにも、あっさりと。