聖女フリージアは不実な婚約者を浄化したい
フリージア・ローズウッド、ローズウッド侯爵家の長女であり、強い聖属性を持つ彼女は、週に二度、領内の施療院で治療を手伝っている。
転んで泣きじゃくる子供を抱き上げたり、運び込まれた時に吐いてしまった老人の背中をさすってあげたり。血塗れの兵士の治療をしたり。そんなことは苦にならなかった。
時には大きな災害で目の回る忙しさと、たくさんの人の治癒で魔力を使い果たし、眠れない程の頭痛に襲われることもあった。でも、それでも、たくさんの怪我人を助けられたのだからと我慢することはできた。
しかし、つい先ほど別の女性の手の甲に口付けていた唇で、別の女性に鼻の下を伸ばしていた男から、愛を囁かれ、触れられるのは我慢ならなかった。
だって、気持ち悪いもの。
「今日も美しいね、フリージア。会えない日からずっと、君のことばかり考えていたよ」
夜会で婚約者と合流して、彼から手を取られた瞬間、フリージアの指先から白い光が弾けた。
ぱあん、と澄んだ音がして、セドリック・アッシュフォードの手が浄化される。
「……またかい?」
「申し訳ありません。無意識にスキルが発動してしまったみたいで」
にっこりと微笑みながら、フリージアは手を引いた。
無意識なのは本当だ。フリージアの持つスキルは常時発動型の為、フリージアの気持ちとシンクロしているのかは判断しにくいけれど、彼に触られそうになった瞬間、なんだか鳥肌が立ったのだ。気持ち悪いと、反射的に思ってしまった。たぶん彼から香る、甘ったるい香水の匂いもその気持ちに拍車をかけているのだろう。
「君の聖なる力が強いのは素晴らしいことだけれど、もう少し制御できるといいね。人前でこれでは、私が汚れているようじゃないか」
「申し訳ございません。わたくしのスキル、聖域の拒絶は常時発動型のスキルなので」
フリージアの持つスキル、聖域の拒絶は、フリージアを常に聖域化しており、汚らわしいものが触れると自動で弾く仕組みになっている。
だから、『聖域に弾かれる様な何かをお持ちですか?もしくは、精霊が嫌う不誠実な行いなどなさってませんか?』と、少し前にスキルの説明と共に聞いたのだが。
彼は答えに詰まり
『な、何を言ってるんだ。そんなことあるはずが無い』としどろもどろに言って、そそくさと去って行った。その時の事を漸く思い出したのか、顔を引き攣らせ口を噤んだ。
どうやら彼の頭は都合の悪い事は忘れてしまうらしい。
セドリックが黙り込むと、フリージアの周囲で、精霊たちが声もなく笑い転げている。フリージアの婚約者は精霊にとことん嫌われている様だ。
この国では、聖女とは聖属性を持ち、治癒や浄化を扱える女性のことで。男性の場合は聖人と呼ばれている。
聖女や聖人達は神殿や施療院、騎士団などで働いている者が多い。聖属性持ちの絶対数が少ない為、聖属性持ちは希少戦力として軍事利用され、酷使されていた歴史もあるが、それは悲劇の歴史とされている。
聖属性持ちは精霊に好かれやすく彼等を蔑ろにすれば精霊が怒り、国が滅びたと言う前例となり、その時の悲劇を繰り返さない為に本人の意志に反した軍事利用、と言うのはされなくなったらしい。
とはいえ、聖属性持ちは遺伝するが、魔力量なども関係するらしく、確実に増やすことは困難なようだ。その為、王侯貴族はせっせと聖属性持ちを囲い込み、今では聖属性持ちは王侯貴族にしか現れない。
貴族は魔力量が多い為、魔力量の多く必要な難易度の高い魔法も扱える。
その中でも、フリージアの力は強かった。
加えて、なぜか普通の聖属性持ちよりも精霊に好かれる。
フリージアの蜂蜜色の巻き毛で昼寝をする花の精霊もいれば、淡い緑の瞳を覗き込み、今日の気分を尋ねてくる水の精霊もいた。
彼らは悪戯好きな、人見知りをしない3歳児のように自由奔放に飛び跳ねて、誰の元にでも行って悪戯をする。
ただ、彼らは嘘つきや陰湿さを嫌う。匂い等も敏感らしく酔っ払いの近くには行かないようだ。
そんな彼らが、婚約者だけは一向に好きにならない。
初めは気難しいのだろうと思っていた。しかし二年経っても、セドリックが近づくたびに全員が露骨に顔をしかめるので、フリージアもさすがに疑い始めていた。
「少し、友人に挨拶をしてくるよ」
「ええ。どうぞ」
彼が去ると、今度は薄紫の翅を持つ精霊が、フリージアの耳飾りを引いた。
『お花の子、こっち』
「何かありまして?」
『見てから、いらないって言って』
ずいぶん具体的な誘いだった。
*
王城の廊下は、夜会場の熱気が嘘のようにひんやりしていた。
壁に掛かった狩猟のタペストリーを横目に、フリージアは精霊のあとを追った。窓の外では、薔薇園を縁取る生垣が月光を浴びている。
角を曲がったところで、黒い礼装の男性と鉢合わせた。
背が高く、肩幅も広い。銀の髪と、静かな灰緑の瞳。左の眉を横切る古傷さえ、その整った顔立ちには不思議と似合っていた。
アルダー・ブライアウッド公爵。
北方の魔獣討伐を指揮し、国境の紛争を収め、帰還した翌日には騎士団の演習へ顔を出す男である。
今年三十八歳。独身。
社交界での通称は、戦闘狂公爵だった。
「ローズウッド侯爵令嬢?」
「こんばんは、公爵閣下」
フリージアが礼をすると、公爵の肩にいた白銀の精霊が、彼の襟をぐいぐい引っ張った。
『挨拶はあと。こっち』
フリージアの精霊も頷く。
『こっち。もう始まってる』
何が、とは尋ねなかった。
公爵と顔を見合わせる。どうやら彼も、尋ねたくなくなったらしい。
二人は並んで、奥の控え室へ向かった。
扉はわずかに開いていた。
「……本当に、あの方と結婚なさるの?」
甘えるような女の声が漏れてくる。
「仕方がないだろう。どれほど嫌がろうとも、ローズウッド家との縁は必要なんだ。だが、私が安らげるのは君のところだけだよ、ダリア」
フリージアは、そっと室内を覗いた。
婚約者がいた。
その膝の上には、赤いドレスのダリア・ホーソーン伯爵令嬢が座っていた。彼女の手袋は床に落ち、セドリックの礼装も胸元が緩んでいる。
二人は、ごく自然な仕草で口付けをした。
「……まあ」
フリージアは口元に手を当てた。
悲鳴をこらえたのではない。
喉まで上がってきた「気持ち悪い」を、辛うじて飲み込んだのである。
「でも、あの聖女様の相手は疲れると仰ってたでしょう?そんな相手と結婚しても、あなたは安らげないと思うわ」
「ああ。清らかでご立派なのは結構だが、手を握るだけで浄化されるんだ。結婚したら、毎晩浄化されそうだよ。それに、私のすることすべてに口を出しそうだしね」
「わたくしなら、もっと自由にさせて差し上げるのに」
「わかっているよ。結婚後も、君への気持ちは変わらない」
もう一度、顔が近づく。
フリージアの腕に、ぶわりと鳥肌が立った。
足元から聖なる光が膨れ上がった、その瞬間だった。
公爵の精霊が、ぱちんと指を鳴らした。
室内の二人が止まった。
唇が触れ合う寸前の、なんとも言い逃れに不向きな姿勢で。
暖炉の炎は揺れている。窓辺のカーテンも動いていた。止まっているのは、二人と、その身につけているものだけらしい。
『このまま焼く?』
「焼かない」
公爵が即答した。
フリージアも慌てて首を振る。
「証人をお願いいたします」
「……そちらか」
「ええ。今ここで問い詰めても、きっと、わたくしが誤解したことになりますもの」
フリージアは、凍りついた婚約者を見つめた。
「せっかくですから、皆様にも正しくご覧いただきたいのです」
公爵はしばらく彼女を見て、それから低く笑った。
「承知した。私の精霊が二人の時を留める。あなたは、外から入る魔力を遮断できるか」
「浄化の結界でよろしければ」
「十分だ。向こうの令嬢が、何か魔道具を持っているかもしれない」
フリージアが両手を重ねると、薄い光が二人を包んだ。
床に落ちていたダリアの小さな鞄から、桃色の煙がひと筋立ち上り、消えた。
『魅了のお香』
花の精霊が、嫌そうに言う。
フリージアの笑みが、少しだけ深くなった。
「そちらも、調べていただきましょう」
*
最初に来たのは、フリージアの父だった。
娘を泣かせた者を探す顔で入ってきたローズウッド侯爵は、室内の光景を見ると、無言で扉を閉めた。
次にセドリックの両親が来た。
アッシュフォード侯爵夫人は息子を見て目を覆い、侯爵は壁に手をついた。
続いてダリアの父であるホーソーン伯爵、王城の侍従長、夜会の警備責任者、そして精霊術に詳しい王室魔術師が呼ばれた。
最後に王妃が来た。
「わたくしの夜会で、ずいぶん寛いでいること」
その一言で、部屋の温度が下がった気がした。
魔術師は二人の状態とダリアの所持品を調べ、時の停止が公爵の精霊によるものであること、そして鞄の香炉に弱い魅了作用があることを確認した。
「判断を奪うほどの品ではございません。好意や気分を高める程度です。ただ、持ち込みを禁じられた魔道具には相違ありません」
侍従長が淡々と記録を取る。
公爵は全員を見回した。
「停止を解く。発言を控えていただきたい。まず、本人たちの言葉を聞こう」
白銀の精霊が、フリージアの顔を見た。
彼女は頷く。
すると直ぐに、ぱちん、と音がした。
「……愛しているよ、ダリア」
二人の唇が重なった。
誰も何も言わなかった。
暖炉の薪が、小さく爆ぜた。
やがてセドリックが顔を上げた。
ダリアも、彼の肩越しにこちらを見た。
室内に集まった人々を、二人の目がゆっくりと辿る。
セドリックとダリアの父や母、セドリックの婚約者と、その父。そして公爵と王妃とを視界に入れた瞬間、セドリックは目を見開いて震えた。
更には王宮の侍従長や王妃付きの侍女や護衛騎士、魔術師なども大勢居たが、彼はもうそれどころでは無いようだ。
「…………あ、な、なぜ…王妃、陛下が?」
「続けてもよろしくてよ」
王妃は微笑んだ。
「愛のお言葉の途中でしたでしょう」
ダリアが短い悲鳴を上げ、セドリックの膝から転げ落ちそうになった。
彼は慌てて彼女を支え、それから、支えている場合ではないと気づいたらしく手を離した。
「ち、違うのです! これは……!」
「何が違うのか、聞かせてもらおう」
アッシュフォード侯爵の声がした。
「私は、その、少し、惑わされてしまっただけで、フリージアを蔑ろにするつもりはな─」
「あら、可笑しいわね。あなた、先ほど、結婚後も彼女への気持ちは変わらないと仰っていましたわよね」
フリージアが言うと、セドリックは、ばっと勢いよく顔を向けた。
「フリージア! 君ならわかってくれるだろう。これは一時の過ちなんだ。私が本当に大切に思っているのは君だけで――」
彼が手を伸ばした瞬間、フリージアは一歩下がった。
「触らないでくださいませ」
声と同時に、白い光が二人の間を走る。
セドリックの全身が、頭の先から靴底まで、きれいに浄化された。
夜会用の香油も、髪を整える蝋も落ちたらしい。形よく撫でつけていた前髪が、額にぱさりと垂れた。
「あなた、今、その方と口付けをなさっていましたわ」
「それは、だから……」
「その直後に、わたくしを口説かないでいただけます?」
フリージアは、今度こそ、こらえきれなかった。
「気持ち悪いです」
周囲の精霊が、一斉に頷いた。
公爵が口元を押さえたが、フリージアには見えなかった。
「お父様。わたくし、この方とは結婚したくありません」
「ああ。私も、この男を息子にする気はなくなった」
ローズウッド侯爵は娘の隣に立った。
「アッシュフォード侯爵。婚約解消の手続きと契約上の補償については、明日、正式に使者を送る」
「……承知した」
「待ってください、父上! 私は嫡男です! この婚姻がなくなれば――」
「その婚姻を壊したのはお前だ!」
怒声に、セドリックの肩が跳ねた。
ダリアは泣き出していたが、彼女の父も厳しい顔を崩さなかった。
王妃は侍従長に、魔道具の持ち込み経路を調べるよう命じると、フリージアに向き直った。
「今夜はもう、お帰りなさい。疲れたでしょう」
「ありがとうございます、陛下」
礼をして顔を上げると、公爵が扉を開けて待っていた。
彼は手を差し出さなかった。
ただ、十分に距離を取り、静かに言った。
「馬車まで、お送りしても?」
フリージアは、ようやく息を深く吸えた。
「……お願いいたします」
*
婚約解消は、驚くほど速やかに進んだ。
証人の数と顔ぶれを考えれば、当然だが。
セドリックは家の代理として出席するはずだった行事から外され、領地へ戻された。ホーソーン家は禁制の魔道具について調査を受け、ダリアの社交も当面見合わされることになった。
フリージアは施療院の仕事を増やすことにした。婚約者との茶会がなくなった分、時間が空いたのだ。
そして二週間後、施療院の中庭で、ブライアウッド公爵と再会した。
「閣下?」
「騎士団から、包帯と薬草を届けに来た」
彼の後ろでは、騎士たちが木箱を運び込んでいた。
フリージアがそのことについて礼を言うより早く、白銀の精霊が彼の肩から飛んで来る。
『フリージア、会いたかった』
「まあ。わたくしもです」
指先を差し出すと、精霊が嬉しそうに頬を寄せる。
公爵が目を見開いて思わず呟いた。
「……触らせるのか」
「いけませんでした?」
「いや。珍しくてね。その精霊は、私に近づく女性を大抵追い払うんだが」
『欲まみれ、まともな人、いなかった』
精霊が不満そうに言った。
『変な人ばかりだった』
公爵は、少し疲れた顔をした。
「とある令嬢から、ポケットに髪を入れられたことがある。恋のまじないだそうだ。恋が叶うと評判になった香水を掛けられたことも、間違えたと言って私の酒杯に口をつけられたこともある」
「……まあ」
「この精霊は、それらを追い払ってくれる」
『だってアルダー、すぐ我慢する』
フリージアは、精霊と公爵を交互に見た。
「それで、ご結婚なさらず?」
「何度か縁談はあった。だが、私が帰宅するたびに精霊が怒りながら何があったかを報告する。それを聞いた相手が嘘を重ねて逆上する。そんなことが続いて。しまいには面倒になって、国境へ行った」
「国境へ」
「魔物は単純だ。倒すべき相手が明確にいる方が楽だ」
なるほど、と納得しかけて、フリージアは笑ってしまった。
「それで戦闘狂と呼ばれるまで、お仕事を?」
「始めは違うと訂正していたのだがね」
「諦めてしまわれたのですね」
「魔獣は、噂をしないので」
今度は声を上げて笑ってしまった。
公爵も、目元を緩めた。
戦場の噂から想像していたより、ずっと優しい顔だった。
*
それから、公爵は時折、施療院へ来るようになった。
寄付だけで帰る日もあれば、負傷した騎士の見舞いに来る日もある。薬草の花壇について話し込むこともあった。
ある日、彼はフリージアの父に面会を求め、娘と個人的に会う許しを願い出た。
その夜、父は娘に尋ねた。
「どうしたい?」
フリージアは膝の上で指を重ねた。
十八も年上の公爵である。
知らないことは、まだたくさんあった。家のことも、戦場での彼の姿も、結婚して暮らすということが実際にどういうものなのかも。
それでも、次に会える日を楽しみにしている自分には、気づいていた。
「もう少し、あの方を知りたいです」
「そうか」
父は頷いた。
「では、そのように返事をしよう」
求愛の贈り物として届いたのは、大きな宝石ではなかった。
フリージアの名と同じ、黄色いフリージアの鉢植えだった。
添えられた手紙には、温室係から育て方を習ったが、自分の説明では心許ないので指南書も同封する、と書かれていた。
律儀にも、庭師の署名入りだった。
彼女はその手紙を何度も読んだ。
余りにも繰り返し読むからか、精霊たちに興味関心に覗き込まれ、恥ずかしくなって、そっと畳んで、お気に入りの物を入れる引き出しの中にしまった。
*
公爵とフリージアが初めて手を繋いだのは、春の終わりだった。
公爵邸の庭園で、細い水路に架かった石橋を渡ろうとしたとき、彼が手を差し出した。
「借りるか?」
「……はい」
大きな手だった。
剣を握る指には硬い部分があり、掌には古傷が残っていた。
触れた瞬間、フリージアは自分の魔力を気にした。
けれど、光は弾けなかった。
胸が高鳴るばかりで、鳥肌も立たない。
橋を渡り終えても、彼は勝手に握り続けようとはしなかった。力を緩めたその指を、フリージアの方から少しだけ掴んだ。
公爵が彼女を見る。フリージアは恥ずかしくて、けれど彼の手を離したくなくて。
「あの、もう少し、このままでも?」
尋ねる声が、自分でも驚くほど小さくなった。
公爵が微笑んだ。
「ああ。私も、そうしたかった」
足元の茂みで、精霊たちが何かを相談していた。
『結婚』
『まだ早い』
『お花が先』
聞こえている。
二人とも聞こえていたが、何も言わずに歩いた。
*
求婚は、それから半年後。初めて二人でお茶を飲んだ公爵邸の温室で。
白い薔薇とローズマリーが香る中、公爵は小さな箱を開いた。
淡い緑の石を、花の形に整えた銀の台座が囲んでいた。
「フリージア。私と結婚してほしい」
いつも落ち着いた人なのに、箱を持つ指に力が入っている。
それを見たら、フリージアまで泣きそうになった。
「私は口のうまい男ではないし、これからも仕事で家を空けることがある。だが、あなたに不実を隠して、誠実を装うことはしない」
「……はい」
「あなたが嫌だと言うことを、愛情の証明として求めることもしない。共に暮らして、困ることがあれば話してほしい」
フリージアは頷き、右手を差し出した。
「わたくしも、お約束します。黙って我慢して、あとから嫌いになったりいたしません」
彼が、ほっと息をつく。
「それは、ありがたい」
「それから、アルダー様」
「うん?」
「お仕事は、少し減らしてくださいませ」
彼の肩で、白銀の精霊が激しく頷いた。
「帰りを待つばかりでは、寂しいですわ。寂しくなって、泣いてしまうかもしれません」
公爵は目を伏せ、彼女の手を両手で包んだ。
「……必ず調整する」
『私も見張る』
精霊が厳かに言った。
フリージアは笑いながら、指輪を受け取った。
*
結婚式の日、礼拝堂の窓辺には、季節を問わず花が咲いた。
薔薇に、菫に、鈴蘭。祭壇へ続く通路には、小さな白い花弁が舞っている。
神官は一度だけ天井を見上げたが、精霊たちの仕業だとわかると、そのまま式を続けた。
誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。
アルダーが、花嫁のヴェールを上げた。
近くで見ると、灰緑の瞳にも緊張があった。
「フリージア」
彼は小さく呼び、そこで待った。
彼女は頬を染めたまま、自分から少し顔を上げた。
唇が触れた。
初めての口付けは、驚くほど優しかった。
聖なる光が、ふわりと二人を包んだ。
参列席の父が一瞬腰を浮かせたが、すぐに母に袖を引かれて座り直した。
浄化ではなかった。
花嫁の幸福に応えた祝福が、礼拝堂いっぱいに広がったのだ。
『きれい』
白銀の精霊が囁いた。
唇が離れると、フリージアは恥ずかしくなって俯いた。アルダーが、その手をそっと握り直す。
「大丈夫か?」
「……もう一度は、お家に帰ってからでお願いいたします」
彼が黙った。
見上げると、耳まで赤くなっていた。
それが嬉しくて、フリージアは笑った。
精霊たちは二人の頭上で踊りながら、礼拝堂にまた少し、花を増やした。




