定時退庁絶対主義者・佐藤による「怪異不服申し立て」対応記録
山田山市役所市民生活部・特別相談窓口。
受付に座る佐藤(25歳男)の座右の銘は
「定時は人権、残業は怠慢」。
本日の業務終了まであと30分というところで、佐藤の元に二つの人影が駆け込んできた。猛ダッシュしてきたのか、どちらも肩で息をしながら、自分が先だと互いを牽制しあっている。
「お静かに願います。他の市民の皆様のご迷惑になります」
佐藤の静かな声に、牽制しあっていた人影は大人しくなる。その様子を見て、佐藤は腕時計を見た。
「現在16:32。業務終了まで23分。まとめて対応しますのでこちらにおかけになり、この用紙に必要事項をご記入ください」
佐藤の淡々とした言葉に、人影のひとつがバン!!と、カウンターを叩いた。
「そんなの書くより先に聞いてよ?!アタシのことわかるでしょ、アタシは口裂け女!この令和の時代でもマンガやアニメの影響で、『アタシ綺麗?』ってキャッチーで有名な殺し文句ひとつでやってきたのにさぁ!?最近のガキ共がインスタに無断でアップするわ、誹謗中傷するわ、挙句は加工アプリで…」
「名前を!書いてください。あとその巨大ハサミ。そのハサミは銃砲刀剣類所持等取締法第22条に抵触する恐れがあります。正当な理由なき携帯は禁じられています。速やかにケースに収納してください。或いはそちらの傘立てにどうぞ。指示に従わない場合は対応致しません。悪しからずご了承ください」
「な……」
「急がれては?あと20分で業務終了です」
「くっ!」
トレンチコートを着た口裂け女が、アイデンティティの巨大ハサミを担いで傘立てに置きに行く。
その間に、差し出された用紙に必要事項を記入したカッパが、カウンターに肘を付いて佐藤を睨みつけた。
『んじゃ俺からだな!?』
「指定水生未確認生物(旧:河川敷不法占拠者)、川守太郎様。本日のご要件は?」
『この前から俺の住処の川の護岸工事始めただろ?お陰で重機の騒音で寝られやしねぇし、川幅が狭くなって泳ぐのも陸に上がるのも一苦労なんだよ。何とかしてくれよ。それにこの前、住民票ないから助成金とか年金も受け取れねぇって言われたんだよ!どうにかしてくれよ、妖怪やってくのも大変なんだよ』
「…。川守様」
パソコンを叩いた佐藤が、液晶からカッパへ視線を移す。
「河川の護岸工事は、河川法第一条に基づき、洪水による災害から市民の生命と財産を守るためのものです。騒音に関しては、環境基本法に基づく基準値以内であることを確認済みです。川幅の変更についても、治水上の計算に基づいた最適解ですので、泳ぎにくいという『主観的な運動性能の低下』による設計変更は不可能です。
二点目。住民票の件ですが、住民基本台帳法第四条により、住民票の作成には『住所』が必要です。住所とは『生活の本拠』であり、河川敷という公有地を不法占拠している状態では、法的に住所として認定できません。当然、公的助成や年金の受給資格も発生しません」
『な、な…なんだよ、難しい事ばっか言いやがっ』
佐藤は腕時計を見る。
「業務終了まであと14分。定時に帰りたいので川守様に代替案を提示します」
カッパが代替案に目を輝かせる。
「当市には、後継者不在で管理に困っている古い農業用ため池があります。ここを『地域環境保全拠点』として市に寄贈させ、あなたを『非常勤の池守(地域貢献活動家)』として登録します。そうすれば、管理小屋に住所を置くことができ、住民票の発行も可能です。
条件は二つ。一つ、池の清掃および外来種の監視を無償で行うこと。二つ、二度と近隣住民の尻子玉を狙わないと誓約書を書くこと。
これならば、あなたは住居と公的サービスを、市は低コストでの環境維持を手に入れられる、WinWinの提案です。これ以上の譲歩はありません。ご理解、ご了承ください」
『お、おお…』
「いいですか、尻子玉は絶対にダメです。貴方はまだ82年前に取った尻子玉の賠償責任問題がまだ生きてますからね」
『そ、それは!』
「被害者はまだご健在です。本件は以上です」
よく分からないうちにカッパの不満は解決した。しかし過去の問題も浮上した。
佐藤はカッパの隣で不貞腐れる口裂け女を見る。
「お待たせいたしました。【特定都市伝説個体 A-04】斉田佳代様。ご要件はSNS等による風評被害ということでしょうか」
「…そうよ。どうしてくれんの」
「まず、身元特定の為にSNS運営事業者に対して、開示請求等をする、或いは刑法第二百三十条の名誉毀損罪を主張されるおつもりでしょうが、あいにく本邦の法律では『被害者の特定』が必須条件です。斉田様、あなたは戸籍上、故人または不明者として処理されており、生存する『個人』としての権利能力が認められていません。つまり、法的にはあなたは存在しないため、名誉を毀損される主体も存在しないというのが当課の見解です。存在しない者に名誉毀損は成立しません。また、『美の基準』を定めた市条例も存在しないため、回答は留保します」
「う、うそ!?当課の見解って、それはあんたの見解なんじゃ」
「そこで!代替案です。業務終了まであと5分。決断をお願いします」
「…なによ、決断って」
「その特殊な容姿を、市の『防犯啓発アドバイザー』として役立ててください。具体的には、市が主催する防犯訓練への出演です。不審者役として正式に業務委託契約を結べば、あなたの容姿は『業務上の演出』となります。この枠組みであれば、SNSでの誹謗中傷に対し、市が組織として発信者情報開示請求を行う法的根拠が得られます」
「本当に?!」
「ただし条件があります」
「なんでも言って!」
「一、業務外でのハサミの携帯を厳禁とする。
二、対面者に対し、美醜の同意を強制しないこと。
三、その裂けた口は『個性的で魅力的な、訓練用の特殊メイク』であると、斉田様ご自身がご理解、ご了承いただく必要があります」
「と、特殊、メイク…」
「業務終了まであと2分です。お二方、ご納得いただけるならこちらにサインを」
カッパと口裂け女にそれぞれ、用紙とペンを差し出す佐藤。
「あ、拇印で結構ですよ」
「…」
「…」
妖怪と都市伝説が、お互いに顔を見合せて、化かされたような顔をする。
「業務終了まであと30秒です」
佐藤の言葉に二人はサインと拇印を押す。
定時の5分前のチャイムが市役所に鳴り響いた。
「お疲れ様でした。ではお帰り頂いて結構です」
首を傾げながら立ち上がった二人は、よく分からない表情のまま市役所を出ていく。
口裂け女、斉田佳代は巨大ハサミをうっかり忘れて帰ってしまっていた。
佐藤はカウンターから忘れ物の巨大ハサミを無表情で見つめる。
「……遺失物等取扱規則に基づき、警察へ回します。残業は致しません」
一秒の迷いもなくハサミを事務室の『忘れ物棚』に放り込み、十七時ちょうどにPCの電源を切った。
佐藤の一日は終わった。
腑に落ちてない怪異達を玄関ロビーに残し、佐藤は颯爽と市役所を後にするのだった。
おわり




