丑年の女
「また休んでるの?」
言い方は軽い。
けれど、軽さって時々、石みたいに重い。
給湯室の丸椅子に腰を下ろしたまま、私は紙コップのコーヒーを見つめていた。
五分。たった五分。
それがないと、午後の私は崩れる。
隣のデスクの早坂は、
朝から走り回っている。
営業も、
資料も、
電話も、
笑顔も、
全部まとめて一気に片付ける。
ああいう人を、世間は
「バイタリティがある」と呼ぶ。
私は違う。
私は、牛だ。
一歩、踏み出す。
止まる。
反芻する。
また一歩。
「ねえ、もっと肩の力抜きなよ」と早坂が言う。
抜いてるつもりだ。
これでも。
抜きすぎると、立てなくなる。
昔からそうだった。
高校のマラソン大会。最初の1キロで飛ばしたクラスメイトは、私を追い抜きながら笑った。
「遅っ!」
私は一定の速さで走った。
抜かれて、
抜かれて、
抜かれて。
ゴール前で、何人かが道端に座り込んでいるのを横目に、同じ速さで、ただ、歩幅を崩さずに走った。
結果は真ん中より少し上。
褒められもしない。
けなされもしない。
それが私の人生だ。
昼休み。
私は一人で屋上に上がる。
ベンチに座って、深呼吸を三回。
携帯を閉じて、空を見る。
雲がゆっくり流れている。
ああ、あれだ。
あの速度だ。
私の速度は、あれくらいでいい。
なのに、地上ではみんなジェット機だ。
音速で飛んで、燃料を燃やして、火花を散らしている。
私は牛だから、火花は出ない。
その代わり、しぶとい。
「なんでそんなに疲れてるの?」
母にも言われた。
「若いのに」
若いってなんだ。
内臓の話か。
骨密度か。
私は、心が重いだけだ。
重いけれど、壊れない。
ある日、早坂が倒れた。
過労だった。
病院の白いベッドの上で、彼は言った。
「なんでお前、平気なんだよ」
私は少し考えた。
平気じゃない。
毎日、五分休んでる。
トイレで三分、目を閉じる。
帰り道、コンビニの前で二分、立ち止まる。
湯船で七分、天井を見る。
細かく、細かく、休んでいる。
「走ってないから」
そう答えると、彼は笑った。
「ズルいな」
ズルくていい。
私は牛だ。
角はあるけど、無闇に振り回さない。
突進は、最後の最後。
復帰した早坂は、少しだけ歩幅を落とした。
「五分、くれ」
そう言って、給湯室に入ってくる。
私はコーヒーを二つ淹れる。
「ほら、反芻タイム」
彼は吹き出す。
ため息は、いつの間にか減っていた。
バイタリティの塊に見えた人も、ただ必死に走っていただけだった。
私と同じだ。
必死の形が違うだけ。
世間は、速い人を称賛する。
でも、遅い人がいないと、地面は耕されない。
私は今日も、五分休む。
そしてまた、ゆっくり進む。
ゴールは遠い。
でも私は知っている。
牛は、途中でやめない。




