とある自称犬派の人妻の日記
本作だけでも問題なく読めます。
もし前日譚『とある自称犬派の少女の日記』を読んでいただくと、
香澄の“裏側”がちょっとだけ見えてきます。
気になった方はどうぞ。
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29年6月▼日
おかしな男に会った。
見合いの席なのに、ボソリと“可愛い”なんて単語を吐いていた。
目が腐っているのだろうか?
いや、周りの猫に対して言ったのだろう。
膝に乗って来た子をつい撫でそうになった時に呟いていたから間違いないだろう。
出会った頃のエリザベスによく似た子だった。
29年7月▲日
また、おかしな男に会った。
見合いの続きだという。
断られるようにかなり失礼な態度をとったはずなのに。
意味がわからない。
今回もエリザベスに似た子に会えた。
甘え方までそっくりだった。
店の子だから連れて帰れない。
彼女を裏切らないように今回も手を出さなかった。
29年8月▽日
相変わらず男はおかしかった。
いきなり花束を渡してきながら
「君の可愛さには負けるけど」といいつつ、かすみそうを渡してきた。
こういう時は薔薇では?
確かに彼らのオモチャにはいいけれど、店を退店する頃には姿形もなくなっていた。
思わず声に出して笑っていたら、またしても“可愛い”と呟いていた。
どうやら目が悪いのは確定らしい。
以後は気にしないことにする。
29年9月△日
今日も男はおかしい。
いや、特におかしかった。
彼らに囲まれていたのだ。
当初は明らかに猫嫌いとわかる態度を取っていたので彼らから距離を取られていた。
何が男を変えたのか不思議だ。
いや、興味があるわけではない。
初めて見た笑顔に少し戸惑っただけだ。
年上のはずなのに子供のような笑顔だった。
気がついたら膝の上が定位置となっている彼女を撫でていた。
きっとエリザベスも許してくれるだろう。
本当にあなたそっくりの子よ。
29年10月◆日
なぜこんなおかしな男と会っているのだろう。
初夏の頃から忙しかった見合いの場が気がついたらなくなっていた。
その代わりに男と会う機会が増えた。
会いたいわけではない。
なぜか別れ際に次の約束を取り付けられているだけだ。
親の仕事の関係上、こちらからは断れない。だから、嫌われるような態度を取っているはずだ。
余程、目が悪いのだろう。
もう少し、態度だけではなく、言葉に出すことにする。
29年11月◾️日
やはり、男はおかしい。
「猫好きか」と聞いてくるので、彼女を押し付けながら、
「ええ、犬派なの」と答えてあげると、
「死にそうだ」と胸を押さえていた。
まだまだ猫嫌いは治ってないようだ。
最初からおかしいとは思っていたけれど、絶対に猫嫌いに違いない。
道理で最初から落ち着きがないと思っていたのだ。
ここで会っていたのは正解のようだ。
次もこの店で決定よ。
彼女に合う口実が出来た。
ごめんなさい、エリザベス。
浮気じゃないわ。
幼い頃のあなたに会ってるだけよ。
29年12月⬜︎日
ついに男が狂ったようだ。
「結婚して欲しい」とプロポーズしてきた。
父の会社への支援が決まった直後。
私に断るという選択肢はなかった。
選択肢があるような物言いに少しカチンと来た。
「私が断ったら、二度と顔を見せないでくれるのかしら?」と挑発したら、素直に
「わかった。それがあなたの答えなら受け入れる」と肩を震わせながら答えていた。
そして、その震えで起こされた彼女に引っ掻かれていた。
相変わらずズルい。
なぜか笑いながら答えていた。
「そこまでいうなら結婚してあげてもいいわよ。大切にしなさいよ」
本当にずるいんだから。
30年1月◇日
もう疑いなく男がおかしい。
人混みに出掛けて
「はぐれないように手を繋ごう」だなんて。
最初から初詣なんかやめれば良かったのだ。
そもそも人混みは苦手だ。
多すぎて人の動きが予想できない。
最終的には手を繋ぐどころか、抱きしめられていた。
寒さよけになるからそのままにしておいた。
「幸せだ」との呟きが耳に入って来たが、初詣に出掛けれる余裕がある時点で幸せなのよ。
そう、幸せなのよ。
30年2月◯日
男がおかしい。
いよいよ、式が迫って来ている。
色々としなければならないことが多い。
ここできちんと釘を刺しておかねばならない。
色々と無理な注文を出した。
エリザベスを模った像の載ったケーキや執事セバスチャン……ゲン爺の式への参加など、色々と注文をつけた。
これであきれるはずだったのだが……ニコニコとしたまま全てを受け入れた。
そして「可愛い」との呟きとともに他にもないかと問い返してくる。
負けじと色々と考えたが、先にこちらが白旗をあげた。
意味がわからない。
30年3月◎日
本当に男がおかしい。
来月婚姻だからと新居探しに連れて行かれたが全て気に入らない。
そもそも実家があるのになぜ出る必要があるのだろう?
「姑と小姑がいては嫌だろう?」と聞いてくるが、体験していないことを拒絶する気はない。
なにより、拒絶されてもいいので「お母さま」と一度呼んでみたい。
「お姉さま」もいるそうなので、ドキドキしている。
お母さまとお姉さま……
-婚姻後-
30年4月▽日
旦那の様子がおかしい。
挙式後、旦那の仕事が忙しいので新婚旅行は後日となった。
同居するお母さまとお姉さまに挨拶してる間中、落ち着きがなかった。
部外者なのに……いや、屋敷の主人としてどんと構えていればいいのに。
開口一番お母さまの「なんてことなの!!」との一言で、買い物に連れて行かれた。
もちろん、お姉さまも同行した。
旦那は留守番だった。
余程、見るに見かねるほど野暮ったかったのか上から下まで一式買い揃えてもらった。
家族に見立ててもらうのがこんなに嬉しいとは思わなかった。
ただ、家の中では着ぐるみパジャマを着るように要求された。
なぜ?
30年5月△日
旦那がおかしい。
家中で唯一服を着ている。
これだけは譲れないと言っているが、こだわるポイントだろうか?
お父さまは作務衣、お母さまはモンペと割烹着、お姉さまは私とお揃いの着ぐるみパジャマを着ている。
先代猫が亡くなってから着ぐるみで我慢しているとお姉さまが教えてくれた。
お揃いの着ぐるみパジャマを着るか、新しい家族を連れてくるか、交渉しようと思う。
お揃いの猫耳は可愛いと思うのだけど。
30年6月◆日
旦那がおかしい。
新しい家族の前で固まっている。
お母さまとお姉さまはすっかりとメロメロで骨抜きにされている。
「弱い私を許して!」と叫んでいるから、先代猫に言っているのか尋ねたら、私に対してだという。
意味がわからない。
振り返って旦那に確認するけれど、笑っているだけで答えてくれない。
相変わらずズルい。
そんな騒ぎを横目にお父さまの膝の上で寝ているサマンサ。
すでに貫禄が見てとれる。
そんな私の頭を旦那が撫でる。
羨ましいのだろう。
可哀想だから黙って撫でられていた。
30年7月7日
旦那がかなりおかしい。
“家族が増えますように”
七夕飾りに書いた願い事を尋ねるので少し恥ずかしかったが正直に話した。
手も繋いで口づけもすませて、毎日一緒に寝ているのにおかしな人だ。
「子どもはまだ早いかな? いや、できるといいな」と狼狽えていたが、何か隠し事でもしているだろうか?
30年8月15日
やはり旦那がおかしい。
近所の祭りに出かけた。
「何もないから楽しくないかも?」と言っていたがとんでもない。
出店に屋台に見たことのない食べ物が色々あった。
これらを何もないと言うのはきっと自分だけで楽しむ為だったのだろう。
ズルい。
次からは必ず連れて行くように釘を刺しておいた。
お土産に買って帰った、りんご飴に、綿あめ、たこ焼き、イカ焼き、ベビーカステラ、お好み焼き……粉物パラダイスにお母さまもお姉さまも喜んでくれました。
お父さまが渋く串焼きを食べている横でサマンサがじっと見つめています。
旦那が「来年も一緒に行こう」というので、抜けがけしたら家に入れないと宣言しておきました。
家族全員が証人なのでこれでしらを切ることもできません。
私の勝ちです。
30年9月◇日
いつにも増して旦那がおかしい。
今日はお母さまとお姉さまとのデートです。
子どもができたらお出かけも減ると、二人とショッピング。
旦那も参加したがっていましたが、女子会に男が参加したがるなんて変です。
お姉さまがキッパリと断ってくれました。
「楽しみに待っていなさい」と言っていた意味はよくわかりませんが、大人しく留守番していてください。
サマンサが後ろでしっぽをパタパタして遊べと言っています。
早く気づいてあげないと大変なことになりますよ?
旦那へのお土産を考えていたら「手ぶらの方が喜ぶわよ」とお母さまに囁かれました。
本当に帰宅後に抱きつかれてびっくりです。
お母さまはエスパーなのですか?
30年10月●日
もう間違いなく旦那がおかしい。
運動不足で3キロも体重が増えてしまった。
そんな姿を見て「可愛い」と呟く。
太めが好みなら私以外を選べば良かったのに?
「痩せすぎよ、もっと食べなさい」そう言ってお母さまにおかわりを勧められると断れない。
いや、ご飯が美味しすぎて食べすぎてしまう。
お父さまはスリムでダンディなのが不思議で仕方がない。
影でダイエットでもしているのだろうか?
旦那は見るたびに大きさの印象が変わる不思議な人だ。
縮こまってるかと思えば不思議と大きく見える時もある。
将来生まれてくる子どもたちのためにも大きく頼れる父親であって欲しい。
30年11月◯日
すっかり旦那がおかしい。
お母さまとお姉さまから教えられて基礎体温を記録することにした。
寝ぼけ眼のまま体温計を脇に挟んでいたら、目を覚ました旦那に問われたので答えた。
時計を見たらまだ二度寝できる時間。
肌寒くなってきた季節、抱き枕よろしく旦那に密着して再び目を瞑った。
サマンサは抱いて寝るのを拒むのだ。
仕方なく旦那を代用品として使う。
断られたらお母さま……はお父さまが可哀想、お姉さまのところに行けばいいわね。
30年12月⭐︎日
手遅れなほど旦那がおかしい。
婚姻後半年経つが子供を授からないので、不妊を疑い産婦人科を訪ねたが、意味がわからない。
「厳密に言えば2人はまだ夫婦になっていない」と言われた。
「乙女のままだ。今度は旦那を連れて来なさい」と言われたままのセリフをお母さまとお姉さまに伝えたら、家族会議が始まった。
正座させられてしょんぼりしていた。
あとで抱きしめてあげよう。
胸の中で『幸せだ』と呟いている姿を見るのが最近は楽しくなって来た。
そして、最大の秘密を暴露された。
ちょっと待って欲しい。
少し心の準備が必要よ──
31年1月◯日
いつものように旦那がおかしい。
妙に優しくなった。
いや、以前も優しかったがそれ以上に優しくなった。
やましいことがあるのかと浮気を疑っている。
初詣で『家族が増えますように』と互いに願掛けしたというのに。
このままでは家族が減るかもしれない。
離婚するなら旦那を追い出すから「娘のあなたはこのまま一緒に暮らすのよ」と先月の家族会議の時にお母さまに宣言されている。
31年4月◎日
やっぱり旦那がおかしい。
浮かれすぎて足が地についていない。
妊娠3ヶ月と告げられた。
サマンサに告げると、尻尾を立てたままどこかへ行った。
きっとライバルができたと嫉妬しているのだろう。
でも、きっと彼女はいい姉になると思う。
お母さまとお姉さまが早くもベビー用品を買い揃えている。
性別もまだわからないのに気が早いと思う。
ええ、きっと旦那に似た男の子が生まれる気がする。
女の子だときっと嫉妬してしまうもの。
それは生まれてくる子が一番よくわかっていると思う。
旦那がそっとお腹をさすってきた。
しばらく好きにさすらせた後にその手をぎゅっと握りしめた。
──やさしく握り返してきた。
今度は私の番よ。




