第2話:黄金の咆哮
「……来たか」
兄・剣心が低く呟き、愛用のサーベルバットを正眼に構えた。
水前寺グラウンドの夜空を埋め尽くしたのは、月光を反射して不気味に蠢く、財団の「機獣」の群れだった 。
本来は古代から存在する生物的な性質を持つからくりだが、目の前の群れは財団によって戦闘用に調整された、無慈悲な殺戮兵器だ 。
その中心に、重厚な金属音を響かせながら「弩兵」が着地する。
「スタミナは低いが、その一撃の威力と制球はからくり野球界でも屈指の兵種……!」
姪のまいが、震える手でタブレットを操作しながら叫んだ。
画面には、敵の耐久度や蒸気圧力といった詳細なスペックがリアルタイムで表示されている 。
「武を返してもらおう。それは財団の大切な『部品』だ」
弩兵の奥から、無機質なオペレーターの声が響く。
「部品……だと?」
武の脳内で、何かが弾けた。
拉致され、無理やりマブイを剥ぎ取られた時の絶望。
サイボーグのパーツを埋め込まれる際の、焼け付くような痛み。
それら全ての精神的ショックが、臨界点に達する 。
「ふざけるな……。僕は、人間だ!!」
武の叫びとともに、グラウンドに異変が起きた。
本来ならマブイ残量が空のはずの武の体から、濁流のようなエネルギーが溢れ出す
「属性の変質」――。
臨死体験という極限の淵で、武のマブイは親和性の高い【金】の属性へと強制的に書き換えられたのだ。
「まい、数値を測れ!」
「だ、めだよパパ……計測不能! 武おじちゃんの体から、金色のマブイが逆流してる!」
武の右腕、剥き出しの機巧パーツが熱を持ち、眩いばかりの黄金色に染まっていく。
それは、10万人に1人の「持たざる才能」が、絶望の果てに掴み取った唯一の反撃の光だった。
目標、弩兵! 蒸気圧上昇、発射準備に来るよ!」
まいの叫びと同時に、敵機体の弩が重厚な音を立てて引き絞られた 。
放たれたのは、通常のからくり馬の装甲すら貫く、超高圧の金属ボルトだ。
「……見える」
武の視界の中で、弾丸のようなボルトの軌道が、黄金の光跡としてスローモーションに映し出される。
これまでは10万人に1人の「持たざる才能」として、マブイの機微など微塵も感じ取れなかった武だったが、変質した【金】の属性が、周囲の金属情報を強制的に脳内へ流し込んでいた 。
「武おじちゃん、左膝の関節! そこにマブイが集中してる! 狙って!」
オペレーターであるまいの的確な指示が、武の右腕に伝わる。
武は地を蹴った。サイボーグ化された脚部がアスファルトを砕き、一瞬で弩兵の懐へと潜り込む 。
「おおおおおっ!」
右腕の打撃棍を、兄・剣心から教わった「最短距離のバット軌道」で振り抜く。
変質した黄金のマブイが、棍の先端で爆発的な回転エネルギーへと変換された。
「黄金の斬撃スイング――ッ!!」
黄金の光が円を描き、弩兵の重装甲を紙細工のように切り裂いた。
轟音と共に、財団の刺客はマブイを四散させ、沈黙する。
静寂が戻ったグラウンドで、武は荒い息を吐きながら、黄金の光が消えていく自分の右腕を見つめた。
オーバーヒート寸前の体が、不自然な熱を持って震えている。
「……凄いな、武。だが、その力はまだ『暴発』だ」
剣心が歩み寄り、武の肩をがっしりと掴んだ。
「お前のその変質したマブイを制御し、財団と戦い抜くための技術……それは剣術でも、ただの格闘でもない」
剣心は、グラウンドのバックネットの向こうを指差した。
「野球だ。**『からくり野球』**の中でこそ、お前の黄金は真の輝きを放つ。ついて来い、武。お前に、魂の打ち方を教えてやる」




