第二話:聖女の仮面
第二話:聖女の仮面
第一章:偽りの奇跡
「待ちなさい!」
私とディートリヒの声が、会場に響いた。
アリシアの手が、止まった。白い光が、一瞬揺らいだ。
「え……?」
彼女は、困惑した表情で振り返る。完璧な演技。
「リリアナ様、ディートリヒ様……どうして、私の治療を止めるんですか?」
周囲の貴族たちも、ざわついている。
「アリシア様の邪魔をするなんて……」
「マーカス卿が死んでしまう……」
「その魔法、中止して」
私は、アリシアの手を掴んだ。
「あなた、彼を殺そうとしてるでしょう?」
会場が、静まり返った。
アリシアの顔が――一瞬だけ、歪んだ。
ほんの一瞬。0.5秒にも満たない時間。
でも、確かに見えた。冷たい怒り。計算が狂った焦り。
そして――すぐに元の清楚な表情に戻る。
「な、何を言って……私は、彼を助けようと……」
「嘘」
私は、彼女の目を見た。
「あなたの『聖女の力』は、毒を治すんじゃない。むしろ――毒を注入する」
周囲が、さらにざわついた。
「そんな……聖女様が、毒を……?」
「リリアナ様、何を根拠に……」
ディートリヒが、一歩前に出た。
「根拠なら、ある」
彼は、マーカスの懐から取り出した小瓶を掲げた。
「これは、マーカス卿が飲んだとされる『解毒剤』。しかし――」
小瓶を光にかざす。透明な液体の中に、黒い粒子が浮いている。
「これは解毒剤ではない。遅効性の致死毒だ」
会場が、騒然となった。
「致死毒!?」
「つまり、マーカス卿は……」
「ええ」
私は、アリシアを見た。
「彼は二重に騙されていた。最初に軽い毒を飲まされ、『病気を演じる』役を与えられた。そして、『解毒剤』と称した本物の毒で口封じされる予定だった」
アリシアの笑顔が――完全に消えた。
「リリアナ様……何を、根拠に……」
「根拠?」
私は、マーカスを指差した。
「彼の症状を見れば明らか。唇の紫色、瞳孔の縮小、呼吸の浅さ――これは二種類の毒が混ざった症状よ」
ディートリヒが、続けた。
「そして、お前の『治療』は、実は第三の毒を注入する。完全に証拠を消すために」
周囲の貴族たちが、アリシアから距離を取り始めた。
「まさか……聖女様が……」
「いや、でも、証拠は……」
その時、マーカスが――目を開けた。
「う……あ……」
か細い声。
「アリシア様……あなた……私に……」
「マーカス卿!」
私は、すぐに彼に駆け寄った。
「しっかりして。真実を話して」
「私は……金が必要で……アリシア様に頼まれて……病気を演じる役を……」
彼の声は、途切れ途切れだった。
「でも……飲んだ薬が……本当に毒で……苦しくて……そして、『解毒剤』をくれたけど……それも……」
「それも毒だった?」
「はい……体が……どんどん冷たく……」
マーカスの告白に、会場がさらに騒然となった。
「聖女様が、毒を……」
「マーカス卿を殺そうと……」
アリシアは、数歩後ずさった。
その表情は――もう、清楚な聖女のものではなかった。
冷たい。計算高い。そして――追い詰められた獣のような目。
「あらあら」
彼女は、突然笑い出した。
その声は、先ほどまでの甘い声ではない。低く、冷たく、そして――どこか愉快そうな声。
「気づいてしまったのね、リリアナ」
周囲が、息を呑んだ。
「まあ、予想はしてたけど」
アリシアは、立ち上がった。
「あなた、随分と詳しいのね。まるで――」
彼女の目が、鋭く光った。
「全てを知っているかのような」
私とディートリヒは、身構えた。
「ねえ、リリアナ。教えてくれない?」
アリシアが、一歩近づく。
「あなた――『何回目』?」
その質問に、会場中が困惑した。
「何回目……? 何の話だ……?」
でも、私は理解した。
この質問の意味を。
「あなたも……転生者なのね」
アリシアは、くすくすと笑った。
「正解。私も、2回目よ」
会場が、さらに混乱した。
「転生者? 2回目? 一体何の話だ?」
でも、私とディートリヒ、そしてアリシア――三人だけは、完全に理解していた。
第二章:三人の転生者
「1回目の人生で、私は貧しかった」
アリシアが、語り始めた。
もう、清楚な聖女の仮面は完全に剥がれている。
「誰にも愛されず、誰にも必要とされず、病気で死んだ。14歳で」
彼女の目には、憎悪が宿っていた。
「だから、2回目では誓ったの。今度こそ、幸せになるって。美しく、裕福で、愛される人生を送るって」
「それで、人を犠牲にするの?」
私は、マーカスを見た。
「罪のない人々を、騙して、利用して、殺して?」
「ええ」
アリシアは、あっさりと頷いた。
「だって、それが一番効率的だもの。1回目の人生で学んだわ。この世界は、強い者が勝つって」
彼女は、不敵に笑った。
「でもね、リリアナ。あなたも2回目なんでしょう?」
「……ええ」
「なら、わかるはずよ。1回目の人生で、あなた、どうなった?」
私は、言葉に詰まった。
「処刑されたんでしょう? 無実なのに、誰にも信じてもらえず、悪役令嬢として」
アリシアの声は、冷たかった。
「そして、その隣で私が泣いていた。『リリアナ様、どうしてこんなことを』って」
彼女は、楽しそうに笑った。
「完璧な演技だったでしょう?」
私の拳が、震えた。
ディートリヒが、剣を抜いた。
「貴様……!」
「あら、怖い。でもね、王子様」
アリシアは、ディートリヒを見た。
「あなたも2回目なのよね? 1回目、リリアナを処刑した後、どうなったか覚えてる?」
ディートリヒの顔が、強張った。
「私と結婚したわよね。そして、結婚初夜に――私の本性を知った」
アリシアは、愉快そうに笑った。
「あなたの顔、面白かったわ。『嘘だろ……』って、絶望に染まった顔」
「黙れ!」
ディートリヒが、剣を構えた。
「もう、お前の好きにはさせない!」
「あら、でも無理よ」
アリシアは、余裕の表情だった。
「だって、私には――」
その時。
会場の空気が、変わった。
冷たい。まるで、冬の嵐が吹き込んだような。
そして――影が現れた。
黒い、人の形をした影。
処刑台で見た、あの影。
「やれやれ、アリシア」
老人の声が、響いた。
「少し、焦りすぎではないかな」
影が、形を成していく。
長い白髪。長い髭。杖を持った、老人の姿。
そして――その顔を見た瞬間、私とディートリヒは息を呑んだ。
「ロイス様……!?」
宮廷魔術師長、ロイス・アークライト。
王宮で最も信頼されている魔術師。温厚で知識豊富な老人。
しかし、今の彼は――
その目は、深い闇を湛えていた。
「久しぶりだね、ディートリヒ王子。そして、リリアナ嬢」
ロイスは、穏やかに微笑んだ。
でも、その笑みには温かさがない。
「驚いたかい? まさか、私がアリシアの協力者だとは」
「どうして……あなたが……」
ディートリヒが、信じられないという表情で言った。
「ロイス、お前は王宮で最も信頼されている魔術師だ。なぜ、こんな……」
「理由かい? 簡単だよ」
ロイスの表情が、一変した。
穏やかさが消え、狂気が宿る。
「娘を、救うためだ」
「娘……?」
「ああ。私の愛する娘、エレナ。彼女は、古代の呪いによって14歳で死ぬ運命にある」
ロイスの声が、震えた。
「1回目の世界では、私は何もできなかった。娘を看取ることしか。2回目、転生した時、私は全力で呪いを解こうとした」
「2回目……まさか、あなたも……」
「ああ、そうだ」
ロイスは、杖を地面に突いた。
「私も、転生者だよ。しかも――」
彼の目が、冷たく光った。
「3回目、なのだがね」
第三章:3回目の絶望
会場が、完全に静まり返った。
3回目の転生者。
私たちより、一回多く人生を繰り返している男。
「3回……目……」
ディートリヒが、呆然と呟いた。
「ああ。私は、この世界を3回繰り返している」
ロイスは、疲れたような表情をした。
「1回目、娘は死んだ。私の腕の中で、苦しみながら。2回目、転生した私は必死に呪いを調べた。あらゆる文献を読み、あらゆる魔術を試した」
「それでも……」
「ああ。2回目も、娘は死んだ。同じ年齢で。同じ苦しみながら」
ロイスの目から、一粒の涙が落ちた。
「だから、3回目に賭けたんだ」
彼の声が、狂気を帯びた。
「この世界そのものを作り変える。呪いが存在しない世界に」
「そのために、アリシアを……」
「そうだ。アリシアは、私が2回目の世界で見つけた『特異点』」
ロイスは、アリシアを見た。
「彼女もまた転生者で、闇魔法の才能があった。私は彼女に力を与え、王宮を混乱させる駒として使った」
「駒……ですって?」
アリシアが、ロイスを睨んだ。
「ロイス、あなた、私を駒だと? 約束が違うじゃない! 私を王妃にするって言ったのに!」
「ああ、言ったね」
ロイスは、冷たく笑った。
「嘘だけど」
「この……!」
アリシアが、闇の魔法を放とうとした。
しかし――
「動くな」
ロイスの杖が光ると、アリシアの体が金縛りにあったように動かなくなった。
「なっ……何これ……体が……」
「拘束魔法だよ。3回分の経験で編み出した、解除不可能な魔法だ」
ロイスは、私たちに向き直った。
「さて、リリアナ嬢、ディートリヒ王子。君たちには選択肢を与えよう」
「選択肢?」
「私に協力するか、それとも――ここで消えるか」
彼の杖が、不気味に光り始めた。
会場中の貴族たちが、恐怖に震えている。
「協力だと? お前の狂った計画に、誰が……」
「狂った?」
ロイスの目が、怒りに燃えた。
「違うよ、王子。これは、愛だ。娘への、父親の純粋な愛だ」
「愛のために、何百人も犠牲にするのか!」
「当然だ!」
ロイスが、叫んだ。
「私の娘は、世界の誰よりも尊い! 彼女のためなら、この世界全てを犠牲にしてもいい!」
ロイスの杖から、黒い霧が溢れ出した。
会場が、霧に包まれていく。
「さあ、答えを聞かせてもらおうか。協力するか――それとも、死ぬか」
ディートリヒが、剣を構えた。私も、魔法を構える。
「俺たちの答えは――」
「決まってるわ」
私は、ディートリヒの隣に立った。
「戦うに、決まってる」
ロイスは、笑った。
「愚かだね。君たちは2回目。私は3回目。経験値が違う」
「でも」
私は、ディートリヒの手を握った。
「私たちには、あなたにないものがある」
「何だと?」
「希望よ」
私は、ロイスを見た。
「あなたは、3回も絶望した。でも、私たちは――2回目で希望を見つけた」
ディートリヒも、頷いた。
「ああ。お互いを、見つけた」
私たちは、顔を見合わせて微笑んだ。
「だから、負けない」
その時――
マーカスが、立ち上がった。
「私も……戦います……」
「マーカス卿!?」
「私は……騙されて……利用されて……でも、リリアナ様が……真実を明かしてくれた……」
彼は、ふらふらしながらも、私たちの隣に立った。
「だから……恩返しを……」
そして――会場の貴族たちも、一人、また一人と立ち上がった。
「私たちも、リリアナ様に協力します!」
「王子様、私たちも戦います!」
「聖女の嘘を許さない!」
ロイスの表情が、険しくなった。
「愚か者たちが……」
彼の杖が、強く光った。
「ならば、全員まとめて――消えろ!」
黒い霧が、会場を飲み込もうとした。
しかし――
私とディートリヒは、同時に魔法を放った。
「浄化の光よ!」
「聖剣の輝きよ!」
二つの光が、霧を切り裂いた。
ロイスが、驚愕の表情を浮かべた。
「まさか……二人の魔力が、共鳴している……!?」
「これが、2回目の転生者の力よ」
私は、ディートリヒと手を繋いだ。
「1回目で学んだの。一人じゃ、何もできないって。でも、二人なら――」
「何度でも、立ち上がれる」
ディートリヒが、続けた。
私たちの魔力が、さらに強く輝いた。
ロイスは、舌打ちをした。
「ちっ……予想外だ……だが、まだ終わりじゃない」
彼は、杖を振った。
「君たちが共鳴できるなら――私も、切り札を使わせてもらう」
黒い霧が、再び集まり始めた。
そして――その中から、何かが現れた。
人の形。
いや――複数の人影。
「これは……」
ディートリヒが、息を呑んだ。
霧の中から現れたのは――
1回目の私たち。
処刑台に立つリリアナ。冷たい目でそれを見下ろすディートリヒ。そして、泣いているアリシア。
「過去投影魔法」
ロイスが、説明する。
「君たちの1回目の記憶を、実体化させた。さあ、自分の過去と戦ってみるといい」
過去の私が、こちらを向いた。
その目は、虚ろで、絶望に満ちていた。
「あなたは……私……」
過去の私の声が、会場に響く。
「なぜ、生き延びたの? なぜ、2回目があるの? 不公平じゃない」
「不公平……」
「ええ。私は、ただ死んだ。何も報われず、何も成し遂げず。なのに、あなたは2回目がある」
過去の私が、魔法を構えた。
「だから――死になさい!」
攻撃が、私に向かってくる。
その瞬間――
ディートリヒが、割って入った。
「させるか!」
彼の剣が、攻撃を弾く。
「リリアナ、大丈夫か!」
「ええ……」
過去のディートリヒも、動き出した。
彼は、現在のディートリヒに斬りかかる。
「俺自身と、戦うのか……」
二人のディートリヒの剣が、ぶつかり合う。火花が散る。
そして、過去のアリシアも――
拘束されていた現在のアリシアに向かって、闇魔法を放った。
「ちょっと、私に攻撃しないでよ!」
三対三の戦い。
現在の転生者たちと、過去の自分たちとの戦い。
ロイスは、満足そうに笑った。
「面白いだろう? 自分の過去と戦う。これ以上の試練はない」
過去の私が、何度も攻撃してくる。
「死になさい! 死になさい! あなただけ、幸せになるなんて許さない!」
その攻撃を避けながら、私は――気づいた。
『そうか……方法がある』
「ディートリヒ!」
「何だ!?」
「過去を、受け入れるのよ!」
「何!?」
私は、魔法を解いた。
そして、過去の自分に向かって歩いた。
「リリアナ、何を!?」
「大丈夫」
私は、過去の自分の前に立った。
過去の私は、攻撃の構えをしている。
「あなた、私を恨んでる?」
「当たり前よ。あなたは、私の苦しみを知らない」
「いいえ、知ってるわ」
私は、過去の自分を――抱きしめた。
「だって、私があなただから」
「え……」
「1回目の私。あなたは、頑張った。精一杯、生きた。騙されて、裏切られて、それでも最後まで、愛を信じた」
過去の私の体が、震えた。
「それは、恥じることじゃない。あなたがいたから、2回目の私がいる」
涙が、零れてきた。
「ありがとう。1回目の私。あなたの経験が、今の私を作った」
過去の私が――泣き始めた。
そして、光になって消えた。
「過去を受け入れることで、幻影が消える……!」
ディートリヒも、気づいた。
彼は、剣を下ろした。
「過去の俺。お前は、間違っていた」
過去のディートリヒが、剣を構える。
「だが、お前の過ちがあったから、今の俺がいる」
ディートリヒは、過去の自分に向かって一礼した。
「ありがとう。そして――許してくれ」
過去のディートリヒも、光になって消えた。
アリシアも――しぶしぶ、過去の自分と向き合った。
「過去の私。あなた、惨めだったわね」
過去のアリシアが、悲しそうな顔をする。
「でも、まあ……あなたのおかげで、2回目の私は少しは賢く生きたわ」
過去のアリシアが、微笑んで消えた。
三人の幻影が消えると、ロイスは舌打ちをした。
「ちっ……過去を受け入れるとは……」
彼は、杖を構え直した。
「だが、これで終わりじゃない。私には、まだ――」
その時。
私は、ロイスに向かって叫んだ。
「ロイス様! あなたの娘さんを、救う方法を知ってるわ!」
ロイスの動きが――止まった。
完全に、止まった。
「……何?」
「エレナさんの呪いを、解く方法。私、知ってるの」
ロイスの目が、見開かれた。
杖を持つ手が、激しく震え始めた。
「嘘を……言うな……」
「嘘じゃないわ」
私は、真剣な表情で言った。
「1回目の世界で、私は処刑される前に、王家の秘密書庫に一度だけ入ったことがある。そこで、古代魔法の文献を読んだの」
ロイスの呼吸が、乱れた。
「その文献には、『永遠の呪い』について書かれていた。そして――解呪法も」
ロイスの杖が――手から、滑り落ちた。
「本当に……本当なのか……?」
彼の声は、震えていた。
3回分の絶望が、一気に揺らぐ瞬間。
私は、頷いた。
「ええ。だから――」
私は、ロイスに手を差し伸べた。
「戦いをやめましょう。一緒に、エレナさんを救いましょう」
―第二話・完―
次回予告:第三話「父の愛と狂気」
ロイスは、リリアナの言葉を信じるのか?
エレナを救う方法とは?
そして、アリシアの運命は――
3回目の転生者と、2回目の転生者たち。
絶望と希望が、交錯する――
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、
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