第3話
黒焦げとなった円柱形の中央部には鮮やかな緑色の燐光による帯が浮かんでいた。最初は糸のように細かった帯は次第に縦に幅を広げていく。それと同時にファンモーターを思わせる唸りも聞こえてきた。燐光の幅は二十cmほどまで広がり止まった。唸りはまだ止まらない。やがて、燐光の中央部に切れ目が入り、円柱はそれを境に上下でゆっくりと分離を始めた。綾の位置から見て円柱の背面が蝶番になっているようで、上部構造がそこを軸にして開いていく。それはまるで円柱型の巨大な二枚貝、もしくは切り口が斜めではないかぐや姫の竹筒だ。燐光のおかげで上下構造部の中央が窪んでいるのがわかる。かぐや姫ならばそこで寝ころんでいただろうが、少なくとも綾には何もいないように見えた。
ファンモーターのうなりが消え、上部構造も動きを止め、燐光も消えた。
「止まったわね。綾、スマホですぐに警察に連絡なさい」
「はい……っ」
あの動きをいつまでも見ていないで逃げ出せばよかったかもしれないが、二人とも黒焦げの円柱が開いていく様に目が釘付けとなって動くことができなかった。ホラー映画などではこのような光景を目にした第一発見者は無残な死を遂げ、発見されるのは中盤を超えてからのことになる。
「綾!」
「はい!」
綾はエプロンのポケットの名からスマホを取り出すが、慌てていたため足元の草地にそれを落としてしまった。
「あぁ、もうわたしがする」
いらだつシェリーがカーゴパンツのももについているポケットからスマホを取り出し、画面に暗証番号を打ち込み始めた。
「待ってくれ!」低い男の声が耳に入った。
僅かに間を置き開いた円柱からシャンパンなどが弾けるような音が響いた。
綾は男の声に反応し辺りを窺ったが、相変わらず誰もいない。
「一つ言っておく。姿は怪しく感じるかもしれないが、こちらはお前たちに危害を加える気は持ち合わせていない。落ち着いて話を聞いてほしい」
声音は落ち着いた中年男性といった雰囲気で、少し横柄なところも感じられる口調だ。どこに隠れているのか、付近にそのような人物の姿は見当たらない。
「どこにいるんです!隠れていないで姿を見せなさい!」普段の調子を取り戻したシェリーが強い口調で男に呼びかける。
「もう少し待ってくれ」と男の声。「よっこら……」
馴染みがある掛け声が辺りに響く。同時に開いた円柱の中央部から黒く粘度の高い液体が勢いよく噴き出してきた。噴き出した液体は円柱内の窪みに溜まりそこに積み重なっていく。量にしてバケツに一杯分程度で液体の放出は止んだ。
「ふう、やっと楽になった」と男の声。「やはり拘束がない方が快適でいい」
声は聞こえるが姿は見えない。男はいったいどこにいるのか。綾は男の姿を求めて頭を左右に振った。足元の草地にも目をやるがそこで寝転んでいるわけでもない。
「どこです!どこにいるんです!」
綾はシェリーを二人して周囲に目をやるが人影は見つからない。男の声の大きさからしてすぐ近くにいるはずなのだが見当たらない。
「ここだ、ここだ」と男の声と共に何かを盛んに叩く音が聞こえた。
綾が音がする方向へと視線を移すと円柱の中で黒い塊がゆらゆら揺れていた。
「えっ!」
ちょうどバケツサイズの黒いゴマプリン、胡麻豆腐といったところか。その塊の中央に書き文字のような顔が書かれており両側面からは短い触手のような腕が生えている。ゲーム内で目にすることがあるスライムに似た風貌だ。それが円柱の中に座り短い触手で盛んに円柱の外壁を叩いている。
「わしはさっきこの惑星に降りてきたところなんだが、ここがどの辺りなのか教えてもらえないか?」ゴマプリンの言葉が響いてきた。
綾はあまりの展開に戸惑い言葉が出なかった。シェリーも揺れる巨大ゴマプリンに見入るばかりだ。突然空から降ってきたゴマプリンに現在地を聞かれるなどSF作品中でもまずありそうにない。
「どうも降下軌道が乱れ、予定した場所とは違う地点に降下してしまったようなのだここがどこか教えてもらえないか」ゴマプリンは綾たちの戸惑いなどお構いなしに話しかけてくる。ゆらゆらと揺れ両手を上下に振って、本当に困っているように見える。
「兵庫県洲本市…佃島です」一体何が起こっているのか。綾は少し引きつった声で住所を告げた。
「ん…あぁー…。いや、もっとかなり大雑把に……お前たちが使用する言語からするとここは日本国か?」
「はい、日本です。そのちょうど真ん中付近に当たりますね」
「えらくずれたな、ここからアメリカ合衆国となると……」
「場所にもよりますが、地球半周分近くはずれていますね。アメリカのどちらですか?」
何とも奇妙な状況だが、会話ではあるが止められない。
「お前たちがアメリカのワシントン州と呼んでいる場所だ。その隣国カナダとの国境付近着地し、仲間に迎えに来てもらう予定だった」
「まあ、そこなら太平洋を渡った向こう側ですね。それでも何千㎞と離れていますが……」
成り行きに戸惑いつつもゴマプリンと会話を続けてる綾だったが、シェリーはどうしているのかとバギーのシートへ目をやった。彼女は無言でこちらを見つめていた。いや、睨みつけているといったほうが正しいかもしれない。
ゴマプリンにこの場所のことを教えたことがいけなかったのか。
「シェリー様…どうかないさいましたか。」綾は警戒しつつシェリーに問いかけた。どのような答えが返ってくるか、様々な予想が湧き出してくる。
「綾!あなたいつからフランス語がわかるようになったの?」
しかし、シェリーの放った言葉は遥かに斜め上をいっていた。
「えっ!私は日本語しかわかりませんよ。フランス語なんてまだまだ……」それは本当だ。綾がシェリーの使用人としてやっていられるのも、シェリーの方が流暢な日本語を話すことができるからである。アプリを使いフランス語の学習に努めてはいるが、その理解にはまだほど遠い。
「何を言ってるの!あなたはさっきからその……」シェリーは言葉を詰まらせた。「……方とフランス語で話し合っているじゃない」
おそらく、化け物などの言葉を口にしそうになったのだろうが、とっさの判断でそれを留め置くのはさすがである。
「わたしもこの方も日本語しか話してませんよ」
「ああ、お前たちそれはわしが原因だと思うぞ」落ち着いたゴマプリンの声。
「へっ?」
「どういうことですか?」
「お前たちが今聞いているこのわしの声はお前たちの耳からの鼓膜への刺激によるものではない。わしの翻訳機を介してお前たちの聴覚中枢に直接信号を送り込んでいるのだ。わしの声が近くから聞こえても居場所に判断がつかないのはそのせいだ」ゴマプリンは右の触手で自分の側面を指した。「特に言語を指定しない場合は、その者が一番慣れ親しんだ言語で理解されるため、複数の話者を相手にする場合には聞こえてくる言語が複数に及ぶ時があるのだ」
「こうすると、どうだ」ゴマプリンは両方の触手を合わせた。
「あぁ、日本語が聞こえるようになりました」とシェリー。
「そうだろう。言語をその家政婦が使用するものに合わせたのだ」そう言ってゴマプリンは綾を触手で示した。
「シェリー様に合わせればフランス語ということですか」
「うむ、そういうことに…ん…」途中まで言いかけてゴマプリンは黙り込んだ。
円柱内部の燐光が瞬く。それに合わせてゴマプリンの体が左右に揺れる。彼は何かに聞き入っているのかもしれない。
「……ん…悪いが、近くににこの降下装置を目立たず置いておける場所はないか?」ゴマプリンは自分が座っている円柱を触手で示した。
「仲間に連絡はついたのだが、予定外の場所へ降下したため、こちらに迎えに来るまで少し時間がかかるというのだ。それまで荷物は目立たぬようにしておいてほしいというのでな」
「転送装置とかで、すばやく回収とはいかないんですね」と綾。
「それはおまえ、テレビドラマの見過ぎというものだ。似たような装置はあるが、実際はそれほど便利なものではない。とにかくこちらの明け方ぐらいまででよいのだ。どこかないか?」
「私のところでよければ」とシェリー。「この島には私とメイドの綾しか住んでおりません。空き部屋にその降下装置を置いておけば目につくことはありませんわ」
「おお、それは助かる。この星ではあまり目立ちたくないのでな」
それにしては派手な登場だった。緊急事態となればそれも仕方ないか。
「それはお任せください」シェリーは胸に手を当て請け合った。「この島には何者も無断で入ることはできません」
「それは頼もしい。では行くとしようか。案内してくれ」ゴマプリンの声で降下装置が揺れだした。
装置の下部から八本の短い脚が伸び、自力でめり込んでいた穴から抜け出した。
「あらっ!」
自力で動けるなら、降下装置を台車に載せて屋敷まで押していく手間もない。
シェリーを先頭に降下装置に乗ったゴマプリンがついていく。それは荒れた地道を音もなく揺れもせず器用に歩いていく。
「すごいですね」綾は思わず感嘆の声を漏らした。似たような乗り物はアニメや映画で目にしたことはあるが、実物も存在するが目にするのはこれが初めてだ。
「お前たちも似たような物を持っているだろう。普及には今しばらく時間はかかりそうだが」
ゴマプリンは思いのほか地球について詳しく知っているようだ。
「レオナルド・デカプリン。レオとでも呼んでくれ」
その名を聞き、シェリーは愛想よく笑ったが、綾もそれに続いた。何とも陳腐なオヤジギャグだが、その名づけのセンスで彼らがこの星に慣れ親しんでいることはうかがえた。
これでいいのか、という思いは綾の心中によぎりはしたがこの流れは止めることもできず彼女も流れに身を任せることにした。レオが何者であるにせよ。彼が有する翻訳機と彼の降下装置が持つ機能は本物である。
レオの降下装置は四輪バギーやダートバイクが置かれているガレージに収められた。念のため、シェリーと綾は屋敷および島の警備の再確認を行った。これらは、レオの派手な降下を目にした付近の住民たちが興味本位で島に近づき、侵入をはかる恐れがあるためである。最近は付近の住人達も慣れたようだが。シェリーが島に居を構えた当初は夜間飛来する来客のヘリコプターなどをUFOと思いこみ、騒ぎになることがあった。それは一度や二度ではすまなかった。点検によれば警備装置などはすべて正常に作動していた。彼女たちが屋敷を出ている最中にも島へと接近を試みた者もいない。二人は安堵し応接間へと向かった。
レオによると迎えは夜明けにはやってくるだろうとのことだ。彼とは迎えを待つ間、応接間で過ごすことにした。
レオが所属する共同体は地球を含め、他多数の惑星において現地調査を進めているという。まずは地球と同じようにまず高性能の望遠鏡での調査、そして期待が持てそうな惑星には探査機を送り込み詳細なデータ収集を行っているらしい。初期は自分たちの恒星系に限られていた。その後の技術確信により超光速機関及び通信の開発の成功と、自立航行が可能な探査機の建造によりその範囲は飛躍的に拡大した。最近は有望な惑星に拠点を設け、さらなる遠方の探査へと乗り出している。
「では、レオ様たちは既に地球にも拠点をお持ちなのですか?」シェリーが尋ねた。
「拠点はお前たちが月と呼んでいるそこの衛星に設置してある。そこから地球や他の惑星などに調査に出向いている」
拠点となる施設は月の裏側の地下に建設されている。彼らとしても宇宙を飛び交う放射線の害からは免れないからだ。
レオは銀製の特大ケーキ台座の上に座布団を載せそこに座っている。体の小さなレオに合う椅子がなかったため綾が用意した。台座はコーヒーテーブルの中央に据えられ、それでようやく全員の視線が無理なく合うようになった。
レオは綾の入れたコーヒーを両触手で抱えて、飲みつつ答えた。味などはわからないが色は気に入っているらしい。えらく地球になじんでいるのでそれを尋ねてみると、探査は五十年ほど前から始まっていたらしい。どうやら地球で流布されている噂の一部はまんざら的外れでもなさそうだ。
「宇宙船などは月の施設においてあるんですか?」
「小型の船が置いてある。この近辺だけなら超光速は必要ないからな」
「こちらまで乗ってきた船も月に停泊中ですか」シェリーは応接間から見える夜空に目をやった。綾もつられてそちらに目をやる。
「あれは共同体の共有財産で運用だけでも莫大な経費が掛かる。わしらだけのために船など出してくれるものか。普段は眠らされ荷物と一緒に詰め込まれ送られるだけだ。幸い、最近ここを通る航路が定期船に追加された。今回は丁度それを使えたが、このありさまだ」
「思ったより大変なんですね」と綾。
「うむ、実際はお前達の見ているドラマや映画のようにいかないものだよ」
「レオ様はわたしたちのことをよくご存じですね」
「お前たちはこの辺りの星では一番力を持っているようだからな。生き物の中では重点的に調査している。おかげでこのように会話ができる。もっとも、このようにお前たちと呑気に話をしているのは仲間もいい顔をしないかもしれないが…」
「まあ、どうしてですか?」綾が心配そうに尋ねた。
「極端な話だが、この星に雲よりも巨大な我々の船が突然現れたらどうなると思う」
「もう大パニックでしょうね。大喜びする人たちもいなくはありませんが……」
それについては多くの映画やドラマ、小説の中で描かれている。
「そうだろう。交流を持とういうものもいるが、そこは慎重にいかないとな、下手に騒ぎを起こしては探査がやりにくくなる。何しろここまで降りてくる通船を見かけただけで騒ぎになっているようだからな。だから、大型の施設や船は月においてあるんだ」
「通船ってまさか……わたしたちがUFOって呼んでる……」
「それだ」レオは軽くコーヒーを啜った。
これまた、たわいない冗談として一笑付されていた噂話に真実が含まれていたようだ。
「では、なぜわたしたちに声をかけたのですか?あのままわたしたちがいなくなれば、わたしたちはレオ様のことなど知らずにいたでしょうに」シェリーは自然に浮かんできた疑問を口にした。
「…まあ、今回は事故みたいなものだな。本来あの降下装置は降下過程で十分に速度を落とし、脚を出して軟着陸するのだ。その後は自走して目立たぬところへ移動し、迎えを待つ。中は窮屈なので辺りにいる小動物などのふりをして、外でくつろいでいる時もある。それが今回は何があったのか、大気圏突入時に乱れが生じ十分に速度を落とすことができなかった。そのためあのような事態となったわけだ。どうにか激突による破壊は免れたが、わしはその衝撃でしばらく気を失うこととなった。それに加えて目覚めたわしは周囲の確認を怠り降下装置を動かしてしまった。声を掛けたのもここで人を呼ばれては困ると考えたせいだ」
「あの場合、わたしたちがいなくなった後に雑木林に隠れた方がよかったんじゃないですか?」シェリーはレオに訊ねた。
「そうだな。そうすればお前たちの思い過ごしですんでいたかもしれん」
「そうですわ」
シェリーとレオはお互いの顔を見合わせ笑い出した。
「それはないと思いますよ」と綾は声に出さず呟いた。シェリーのことだ、あったはずの降下装置が消え失せれば見つかるまで雑木林の中を探し回るに違いない。
「意識がまだ朦朧としていたせいもあろうし、いつまでも窮屈な容器の中にいたくはなかった。それで気の緩みが生じたのだろう」
どんなに優れた機器を持っていても人為的ミスがトラブルの元となるようだ。
「どうにも狭い容器に閉じ込められるのは性に合わなくてな……」
「ですが、そのお姿だと……」
人目につくと返って目立ちかねない。
「心配ない、そんな時は人目につかぬよう小動物のふりをするようにしている」
「小動物?」
「このようにな」
レオの体が波打ち変形を始め、彼はケーキ台の上で丸々と太った体格の良い黒猫へと姿を変えた。
「どうだ、色は変えることはできないが、このようなガラス球を体内に含んでおけば……」
黄色い目をした濡れたような毛艶を持つ黒猫だ。至近距離でなければ違和感は持たれないだろう。もしかしたらたまに目撃情報が寄せられる奇妙な動物の噂は化け損ねた彼らかもしれないと綾は感じた。
「すぐにその場を立ち去れば……」
レオの言葉を遮るように応接間にけたたましい電子音が鳴り響いた。それを耳にしたシェリーは素早く傍に置いてあったスマホを手に取った。
「侵入警報?」綾もエプロンのポケットからスマホを取り出し確認をする。
明滅する画面に侵入警報の文字が大きく表示され、そこに描かれた間取り図内に該当箇所が示されている。
「ガレージへの侵入者のようね……」
レオが軽く体を震わせた。ガレージには彼の着陸装置が置かれている。
「何があったか確かめに行きましょう」
「うむ……」
シェリーが席から立ち上がり、レオはケーキ台から跳躍し床に降り扉へと向かった。綾もそれに続いた。
和やかに歓談もこれまでだ。




