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ドラゴンの採卵士  作者: 成若小意


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7/12

同郷のエストラ

 軍港に放置されたネルは、なんとなくドラゴンの鳴き声のする方向へ向かった。言われた通り寮に行こうとしているというよりは、群れの母体を求めたのに近い。


 向かった先には運良くドラゴンの世話をしている人間たちと、軍服を着た人間たちがいた。


 木製の平屋が、土がむき出しの広場をぐるりと取り囲むように建てられており、夕暮れどきのために灯されたランタンの明かりによって、オレンジ色に照らされていた。ここが寮であるのだが、ネルの興味はドラゴンにしか向いていない。


 ホバリングドラゴンに乗って広場に入ったと同時に後ろで門が閉まる。


「おーい。これで全員そろったぞ。整列しろ〜」


 あまり締まりの無い口調で男が号令をかける。先ほどの偉そうな男と違い、ラフな服装をしていた。


「おい小僧。お前もしっかり並べ。俺はドラゴン指導員だ。ここでいろいろ教えてやるから話をちゃんと聞いとけよ」


 ネルにもきちんと声をかけたあたり、親切そうである。全体に簡単な指示を出したあと、主にネルに向けてここでの生活の仕方や規則などの説明をする。


「こんな子供がここで働けるんですか?」と至極まっとうな声もあがるが、軍の取り決めなのでドラゴン指導員も肩をすくめつつ説明を続けるしかない。


 人の話を聞く習慣のないネルは話を右から左に聞き流しつつ、広場に集まる多種多様のドラゴン観察にいそがしい。


「おい小僧、聞いているのか? まあいい。こんな子供に言ってもそもそもわからんか。お前と同郷のやつがいたはずだ。そいつに世話してもらえ」


 呆れながらも男が親切に同郷の人間を教えてくれる。その指さした先にいた者は、ネルよりかは年上だがまだ若い少年だった。艷やかな黒髪を肩辺りまで伸ばし、整った顔立ちをしている。


「エストラ。こいつは島からきた子供だそうだ。世話をしてやってくれ」


 ドラゴン指導員は子供の託児先を見つけられてやれやれという顔でその場を離れ、他のドラゴン使いたちの指示を始めた。


 同郷といえど、ネルはリュカの民の子供たちと仲が良かったわけではない。そしてエストラと呼ばれた少年の方もどうやら歓迎的な雰囲気ではなかった。それでも何かしなければとエストラが口を開きかけたとき。


「あっ!」


 と声を上げて近くのドラゴンに駆け寄るネル。その先ではドラゴンが二頭、ケンカをしているようだった。それぞれの飼い主が必死でなだめ、周りのドラゴン使いたちも自身のドラゴンが刺激されて暴れないように手綱を懸命にコントロールしていた。


 緊張が走るその中にネルは無警戒で飛び込む。突然の子供の行動に周りにいる者が動けずにいる中、スルスルとケンカしていたドラゴンのうちの一頭に飛び乗り、なぜかその鼻を押さえるネル。


「何をやっているんだ、離れろ小僧!」と怒鳴られるも、ネルはそのまま動かない。そして鼻を押さえられたドラゴンがなぜか徐々に興奮がおさまってきたかのようにおとなしくなった。


「若い男の子と女の子の龍は、隣においちゃだめだよ」


 ネルのその説明に、なんとなくドラゴン同士の喧嘩の理由を察したドラゴン使いたちであったが、鼻を押さえられたほうのドラゴンの飼い主が訝しげな目をネルに向ける。


「……こいつが匂いに興奮したから鼻を押さえたのか。だが、まだ若い個体だ。性別がわからんだろう」


 この説明のほうがここの土地では納得のいくものだったようで、周りの人間たちも頷いていた。


 それに今度はネルがおどろく。


「え、顔つきが全然違うじゃない」


 そして説明し始めようとしたところ、エストラに引っ張られた。


「とりあえずお前はドラゴンから降りろ。そしてケンカはおさまったんだ。余計なことに首を突っ込むな」


 ドラゴンの首の上からネルを引きずり下ろしたエストラ。最初からあまり好意的でなかった視線だったが、今では嫌悪感を示しているかのように目を細めながらネルを見ていた。


「余計なことをベラベラと……。いいか、お前には必要最低限しか話しかけない。そしてお前は俺にもほかのやつにも必要なこと以外話すな。わかったか?」


 顔を近づけ子どもながらに凄むエストラ。ネルはその発言をきき、ぽかんと口を開けたまま、エストラを見上げる。


「えっと……。よくわかんない」


 その答えに怒りで顔を真っ赤にさせたエストラは、ネルの手を引っ張りグングンと寮に進んでいった。






 山間部と海岸線、その間にある肥沃な平地および吸収した周辺国からなるダルカニア帝国。そのうちの海岸線を増強して軍港に改良。


 広く整地されたその軍港周辺はそのままドラゴンたちを訓練するのに適していると見なされ、ドラゴン訓練場および飼育場が軍港に併設された。その訓練場を囲うようにドラゴン使いの寮が建てられている。


 軍港からそう離れていないところに位置する山間部は険しくそそり立つ岩肌で構成されていた。陸地が押し出されてできたタイプの山で、噴火型の山とは異なり尾根が切り立っている。その山はドラゴンが滑空するのに適しており、昼夜問わず飛行訓練がされていた。


 ドラゴンを最強の生物兵器としているダルカニアであったが、実は実戦に使えるドラゴンは数頭しかいない。現在も絶賛育成中なのである。夜間に飛ぶのも夜間偵察させたり奇襲させたりできるかの試運転であった。


 主に龍の島から寄せ集めたドラゴンは種類が多岐にわたり、大陸固有種以外のその生態をダルカニア側は完全には把握していない。


 ダルカニアが保有している知識はドラゴンの幼体期の手なづけ方と、戦争への運用方法だ。それ以外の基礎知識は乏しく、ドラゴン使いたちの間で調査研究、情報共有でなんとか飼育している状況であった。


 そして、リュカの民は反対にドラゴンの生態に詳しい。しかし、期せずしてダルカニアに渡ったリュカの民は誰もその生態を漏らさずにいた。彼らにとってもまた、ドラゴンの知識は自分たちが生き延びるための切り札だったからだ。






「だから! お前は誰とも口を利くなといっただろう」


 エストラが一通り寮の説明をしたあと。身支度を部屋で済ませたら食堂へ来いとネルに伝えていたにも関わらず、まったく来る様子がないためエストラはネルを探す羽目になっていた。


 与えられた部屋にも食堂にもネルはおらず、空腹をこらえているため苛立ちがピークに達した頃、広場にいたネルを見つけた。


 そこではネルが、気性が荒いことで有名なドラゴンの個体の鼻の上にロープを引っ掛け、うまいこと跪かせているところだった。


 生態どころかコントロール技術はリュカの民にとって門外不出の知識もいいところだ。それをやすやすとダルカニアのドラゴン使いなんぞに教えている場面を目の当たりにし、エストラはキレてしまった。


 寮の長廊下にある窓から飛び出し、広場に駆けつけたエストラ。ドラゴンに細心の注意を払いつつ、ネルをドラゴンから引き離し、叱りつけていたところだ。


「おう、エストラ。珍妙な小僧が来たと思ったが、意外と島のヤツは使えるもんだな」


 ネルが跪かせていたドラゴンの乗り手は、上機嫌にそう言って笑っていた。


「すみません。こいつ、まだなんも知識がないやつなんで、下手に話を聞かないほうがいいです。飯もまだなんで、失礼します!」


 エストラはこの土地のやり方がだいぶ身についているようで、頭を下げながら早口にそういい、ネルの手首をつかんでその場を急いで離れた。


 同じ窓をまたいで長廊下にはいるも、何も言わずずんずんと進むエストラ。エストラよりも小柄なネルは手首をつかまれたまま小走りでついていく。


 ネルにあてがわれた部屋に辿り着き、部屋の中に入って戸を閉めると、エストラは小声で怒鳴りつけるという器用なことをやってのけた。


「ネル。お前はリュカの民の掟を破るのか。なんであんなに簡単にやつらに情報をくれてやるんだ。何のために俺がここにきて頑張っているのか……。情報を餌にヤツラと島の関係を、いや、お前に言ってもムダか。とりあえず、お前は黙っていろ。リュカの掟を守れ」


 ネルにとってこれほどの長文は難しい。とりあえず最初の言葉はわかった。わかったが、


「ぼく、リュカのオキテ、しらないよ」


 その言葉にエストラの眉の根が寄る。しばらくその顔のまま、じっとネルを見つめていてから、ハッと何かに気づいたエストラは、数歩後退りをしてからまじまじとネルの全身を見る。


「お前。オロソの民か?」


「……?あ〜。オロソ!オロソ!」


「おじさんのいる村に、オロソの孤児がいると聞いたことがある。そうか、お前が……」


 エストラの表情からは怒りが消え、代わりに哀れみの表情が浮かぶ。「何も知らなくて当たり前か」と一人つぶやきながら何かをしばらく考える。


「しかたない。ネル、お前は、人と話すな。ドラゴンと……、龍とだけ話しておけ」


 エストラの言葉に、ダルカニア帝国に来てはじめて、ネルは満面の笑みで頷いた。

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