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ダルカニア帝国

 ダルカニアには現在ネル以外にも、一人島から渡った者がいるらしい。ネルは次期村長からそう聞かされていた。その者も不運にも龍の孵化に立ち会ってしまったのだそうだ。


 それ以外、ネルにダルカニアに関する知識はほぼなかった。


 ネルがダルカニア帝国の巨大艦船に乗せられてやってきた場所は、これまた巨大な軍の港。


 だだっ広い港に降ろされ、船員たちが荷卸しする中、案内されるわけでもなくただただ放置されるネル。それをいいことに、ホバリングする丸い龍に乗って港探索をしようとワクワクで龍の背に乗ったとき。


「おい、港でのドラゴンの騎乗は禁止されているぞ、降りろ」


 するどい叱咤の声が飛んできた。


「ドラゴン?」


 耳慣れない言葉に首を傾げるネル。ホバリング龍の横には、腰に手を当て目を怒らせている軍服の男がいた。


 とはいえ、島育ちのネルはそもそも軍服を知らない。島では見ないような体格と顔つきの、珍妙な服を着たおじさんと認識する。


「おじさん、誰? ドラゴンって何?」


 島での呼び名は龍。ネルはその呼び名以外知らない。軍服も、騎乗という単語も。前途多難なその様子に、男の眉間のシワはさらに深まるが、叱られるのも堪える様子もなくネルの瞳は輝いた。やや遠方に龍の一群を見つけたからだ。


「うわぁ〜、龍がいっぱい!」


「あたりまえだ。ここはドラゴン使いの訓練場と併設されている軍港だからな」


 叱られているのに無邪気にはしゃぐ少年に呆れながらも、やや誇らしげに胸を張る軍人。


「えっと。おじさん、もしかしてドラゴンって、龍のこと?」


「ああ、お前の島では龍と呼ぶのだったな。ここではドラゴンと呼ぶ。かっこいいだろう。そして、俺はおじさんではない、おにいさんだ」


 呼称を訂正する軍人の話を半ば聞かず、「ドラゴンだって! お前の仲間がいっぱいだ!」と、相棒のホバリング龍に話しかけるネル。


「おい、こんなところで遊んでないで、早く行くぞ」


「え、どこに?」


「お前もその珍妙とはいえドラゴンに乗ってるんだ。紛いなりにもドラゴン使いだろう」


 島でも蚊帳の外であることが多かったネル。どうせダルカニアでも端の方で小間使いのような働き方をするのだろうと思っていたのだ。


 ドラゴン使いという大層な呼ばれ方をして驚くネルに軍人はにやりと笑う。


「お前も、あのかっこいいドラゴン使いたちと一緒に訓練だ。仲間扱いされるかはしらんが、な」



 軍服の男に連れられて行った先には、何十頭もの龍ーーもとい、ドラゴンがいた。ドラゴンの横にはそれぞれ人間、おそらく軍服の男のいうドラゴン使いが手綱や鎖を握って整列している。


 整列といっても大きさも種類も異なるドラゴン達なので、なんとなく列を出している、といったていである。自由気ままにくつろぐドラゴンに反して、隣にいる人間は冷や汗を浮かべながら必死に隣の生き物を制御しているようだった。


「本日の予定は先に話したとおりだ! 西のヤツらとの大規模演習が近づいている。気を抜いて失態なぞおかしたらただではおかない。気を引き締めてとりかかれ」


 列の前に偉そうに立つ人間が怒声に近い声を上げる。先ほどまでも何やら話していたようだが、ネルがくる前には終わっていた。


「ここで新入りを紹介する」


 解散かと思ったのにまだ偉そうな人間の話が続いたことに、辟易とした表情を隠せないままのドラゴン使いたちがネルの方を見る。


 ここで、偉そうな人間ーー軍東部騎獣部隊長の階級章をつけた男が紹介するのは、もちろんネルではない。


「新種のドラゴンだ。小さいが、ホバリングができる。こんな種は今まで報告に上がっていない。斥候などに向いていると考えられるが、よく生態を観察してこの特殊性を生かせるよう仕上げろ!」


 部隊長が紹介したのはネルの乗る丸いドラゴンだった。その上の少年などには目も向けない。「以上!」といってさっさとその場を立ち去り、ドラゴン使いたちも各々のドラゴンに乗って解散していった。


 またもや放置されたネルは、島では見ることのできなかった種々のドラゴンを観察することにした。







 ダルカニア帝国がドラゴンの幼体を手懐ける手法を持っている理由。それは大陸にいるドラゴンの生態にあった。龍の島に住むドラゴンよりも、性格が穏やかなのだ。


 ダルカニア帝国のある大陸にもともと生息するドラゴンは、オオトカゲのような姿をした、大人しいタイプ。ダルカニア以外にもドラゴンは分布していたが、ダルカニアではドラゴンを飼育する文化があった。


 孵化から幼体を飼育し、飼い慣らす。おとなしいこのドラゴンから、育成方法を学んでいたのだ。ただ、その飼育目的は家畜の保護のため。番犬よりは強いということで、かつては山間部の特定地域でのみ行われていた風習にすぎなかった。


 当時ダルカニアは大陸において目立った存在ではなく、険しい山と海との間に広がる、歴史だけは長い小さな国だった。


 数百年前。凶暴な鳥に似たタイプの大型ドラゴンを、後にリュカの民の住むことになる龍の島で発見。俊敏で凶暴なこのドラゴンを飼育できれば軍事力の増強をはかれると、国の要人たちは画策した。近隣国の軍事力が増していて、焦っていたのだ。


 しかしながら、龍の島のドラゴンたちは凶暴すぎて手が出せなかった。目の前に最終兵器になりえるモノがあるのにもかかわらず、指を加えて見ているしか無かった。いつしか、その作戦は夢物語と捉えられるようになっていた。


 そんな企ても忘れられて年月が過ぎた頃。リュカの民が住み着いてからしばらくして、誰かが言いだした。『あのドラゴンの島に人が住み着いている』『うまく言いくるめて、卵を取りに行かせられないか』


 現地人の命を軽視した発言。その意見に反論する者はあまりいなかった。近隣諸国に領土を削られ、猶予がなかったのだ。


 ダルカニアが提案するまでもなく龍の卵を採取していたリュカの民。貴重ではあるがただの食料の一つであった卵が島に富をもたらすと知った彼らは、本格的に龍の卵を採取する技術を磨いた。


 当然リュカの民も龍を手懐ける方法を知りたがったが、ダルカニアは頑なに教えなかった。リュカの民を原住民として見下していたということもあるが、何よりドラゴンの飼育方法はダルカニアにとって起死回生の秘策。他国に漏らすわけがなかった。


 龍の島から卵を買い付け、ダルカニアの帝国で育てる。騎獣としてひそかに山間で訓練したのちに、手始めに隣国に侵略戦争を仕掛けた。侵略といえど、ダルカニアにとっては奪われた土地を取り戻しただけという言い分だ。


 空からの襲撃を全く予想していなかった隣国はあっけなく降参。これに勢いをつけたダルカニアは破竹の勢いで周りの国々を吸収し、ダルカニア大帝国時代と呼ばれるようになったのだ。






 そんな歴史など全く知らないネル。生物兵器であることも知らず無邪気にドラゴンを眺める。


「ねえ、毛玉。ここならあの子のご飯たくさんありそうだね! 早く持っていってあげよう」


 それどころか、自分が軍に配属されダルカニア帝国に縛られることになっているのもしらない。


「おい、こんなところにいたのか! 早くこっちに来い」


 先程声をかけてきた軍服の男が、手に何やらよくわからないものを持って、ネルを手招きしていた。


「なに? 僕忙しいんだけど」


 一丁前に腰に手を当てて、それでも男の前に行くと、手を出せと言われる。


 ガチャン……と音が鳴り、片方の手首にはめられたのは、金属製の腕輪。


「これなに?」


 腕輪をめつすがめつするネルに、


「説明聞いてなかったのか? これは大陸から出ていかないための装置さ。港付近からぐるっと魔法の結界が張られていて、腕輪を付けたままそこを抜けようとすると、弾き返される仕組みだ」


「バチンとなっ」と、ジェスチャー付きで男は説明した。


「これで俺が伝えることは以上だなっ。あとはさっさと寮に行って寮母に部屋割りでも教えてもらえ」


 無責任に説明を終えた男は後ろ手でひらひら手を振って去ってしまった。島の原住民に構う予定はないのだろう。しかし、逃す気もない。その証の拘束の腕輪。


 ドラゴンもドラゴン使いもいつの間にか移動していた。一人取り残されたネルは呆然と立ち尽くし、つぶやく。


「え? どうやってあの子のとこに行こう……」

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