小さな龍
上から落ちてきたのは、よくわからない塊だった。微かに動いていることから、かろうじてなんらかの生き物なのだとわかる。
ネルは慎重に近づいて観察する。
大きさとしては、ネルが丸まったときよりやや小さいくらいか。体表はしっとりと濡れた毛に覆われており、ところどころピンクの肌がのぞいている。
「……雛?」
ネルの呟いた通り、それは何かの雛のようだった。フルフルと体を震わせ、落下の衝撃かそれとも孵化したてだからか、弱々しい仕草でいながら懸命に声のした方へ顔を向け、瞼を上げた。
クリクリのかわいらしい瞳でネルをしっかりと見つめるそれは、
「龍の雛……かな?」
ネル、二頭目の龍の雛との邂逅であった。
初見でただの玉のようだった龍の雛は、三日経って毛がフサフサになってもまだ玉のようだった。
小さな丸い体に、不釣り合いなほどさらに小さい羽。それを懸命に動かすとブ…ンンと見えぬほどの高速になり、宙を器用に飛ぶことができた。つまり、空中停止することができる龍だ。
「う〜ん……。龍。龍なのかな?」
龍の定義に戸惑いつつも、懐っこい二頭目の龍は巨龍の幼体ーー雛というには大きすぎるのでーーにも、ネルにもすぐにうち解けて、共に生活をしていくのに何の問題もないように思えた。
さらにいうと、この龍の登場で状況は上向いたといえる。
この小さな龍は案外膂力があり、ネルをその背に乗せても難なく宙を舞うことができた。ネルの指示も不思議とよく聞く。
つまり、洞窟の上部の探索が道具を使わなくても容易に行えるようになったのだ。餌が、みんなの食料が、格段に増えた……かに思われた。
しかし、二頭ともまだ生まれて間もない、成長期の子ども。食欲はどんどん増していく。それが二頭。
あっけなく、餌は尽きた。
「う〜ん。やっぱり、外、かな」
ネルは二度目の計画実行を図る。今度は機動力に長ける、小さな龍と共に。
数日といえど寝食を共にし、仲間と認識し合っている龍同士だが、だからこそその時の挙動に巨竜の幼体は違和感を抱いたのだろう。
洞窟からの脱出を図るネルと小さな龍の動きに目敏く反応する巨龍の子。懐いた分反動が大きいのか、置いていかれる焦りと怒りで、狂ったように咆哮し、ネルの乗る小さな龍に噛みつこうとする。
しかし、小さな玉のような龍の動きは機敏で、慌てる様子もなく、むしろ先輩をからかうような機敏な動きでもって鋭角に角度を変えながら方向転換をする。そうやって難なくその強靭な顎からのがれ、ポッカリと空いた洞窟の口から飛び出した。
「みんなに見つからないように、気を付けてご飯を探そうね!」
小さいと言えど、今乗っているものも龍といえば龍。リュカの民の者たちに龍を孵化させたことが知られれば、ただでは済まない。
それでも、ネルは冒険に出た。巨龍の子の食料を探すために。自分たちの生きる道を見つけるために。
そして、三日ともたず、あっけなくネルはリュカの民に見つかった。
いくら勇気があっても、幼子の浅知恵。紛いなりとも龍の島に生きる民の目からは逃れられるわけもなかった。