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オロソの一族

『親を食うことで龍は成獣となる』

 リュカの民に伝わる龍にまつわる知恵の一つだ。


 ネルの脚に噛みつく巨龍の顎は、幼獣であっても鋭い牙が生え揃っていた。麻のズボンには血が滲み始め、体からは汗が噴き出す。


 しかしネルは慌てず、頭をフル回転させる。ネルは言い伝えを信じていなかった。


「でも、お父さんは食べられてない」


 ネルの父親は三頭、村人にバレることなく龍を育て上げた。おそらくあの言い伝えは龍を故意に孵化させないための嘘、もしくは一部の龍がそうだというだけ。ネルはそう判断する。


 痛みから手のひらにも汗をかき始め、しがみつく岩肌から滑り落ちそうになるのをなんとか堪える。


 見下ろす先にある龍の瞳は、怒ってはいる。しかし、龍が本気を出せば、子どもの脚なんか一瞬で食いちぎることができる。だから、これは、食べようとしてるんじゃない。


「おいていかれるって、思ったの?」


 龍の黒く硬質な鼻から、荒い息が漏れる。そこへそっと、刺激を与えないようにゆっくり手を伸ばす。怒っているものの、その手をおとなしく受け入れる龍。


 撫でる手にうっすらと目を細め、徐々に落ち着く呼吸。皮膚は硬そうだが、撫でられるのは気持ちがいいようだ。やがて、のっそりと口を開ける。


 ネルの予想した通り、その傷跡は血は出ているもののそう酷くはなかった。しかし、もしここで彼が慌てて騒いでいたら、龍の方もムキになって力を込めていたかもしれない。


 そもそも鋭い龍の牙はかすっただけのつもりでもネルの柔肌を切り裂いただろう。この状況で落ち着いて対処できたネルの行動は正しかった。


「キミのごはん、とりに行こうと思ったんだけどな」


 ネルはいったん洞窟を出るのをあきらめ、元居た場所に降りることにした。そのために、慎重に背中の道具を手探りで取り出す。





 オロソの一族は、皆一様に小柄だ。身長は低く、とても細身。しかし、しなやかな筋肉と、体に対して長い四肢。長い指。

 握力も強いのでどこへでも登っていけるし、褐色の肌は森林に紛れるのに適している。優れた森の民であった。


 さらに特殊な能力をもって、生き物を探し当てる。どんなにうっそうとした密林であっても、難なく狩りを行えるのはその能力を持ってして成しえる。龍の卵の採取においても同様。


 しかし、その能力の仕組みはリュカの民には伝わってない。


『だって、そこに見えているだろ?』それがオロソの一族の、『何故見えていないのに分かるのか?』という問いに対しての回答である。


 オロソの一族がそれを当然のものとして考えていて理由を考えていないのも悪いが、そもそもリュカの民と元々の言語が異なるので、コミュニケーションに支障をきたしているのも、オロソの一族の能力が解明しない原因の一つだった。


 ネルは父を亡くしてからリュカの民に育てられたものの、リュカの民の言葉はネルにとって第二言語だ。それ故リュカの民に継承される知恵やおきてをあまり知らない。


 知っているのは少しだけ。龍を孵化させてはならない。金の木の実を食べてはいけない。赤い卵を持ってきてはいけない。その他、夜に森に入ってはならないだとか。 危険なことは教えられたが、その他はリュカの民もまだ教えていないしそもそもネルも話を聞いていない。


 ネルはまだ幼いが、父親から森で生きるための術をすでに教わっていた。だから、育ての親となるリュカの民の言葉を聞く必要性を感じていなかった。父を亡くして、森で発見されるまで一人で暮らしていたのだから。


 今もまた、こうして一人で龍の巣にいても何日も暮らすことができている。


 生き物を探す特殊な能力、優れた肉体、そしてもう一つは、優れた工作技能だ。一族の中には無くした四肢の代わりとなる道具すら作った者がいたほどに。





 背中から取り出した道具を慎重に目の前に構える。片脚は力が入らないため、反対の脚と片手でのみ体を支えている状態で、筒状の道具の引き金を引く。


 すると、パシュっという小気味良い音と共に、筒から蔦が発射され、その先端についた棘のある植物がいい具合に岩壁に引っかかる。


 その音に一瞬背後の龍が唸るものの、洞窟内で今までも頻繁に使っていた道具であるので、すぐ静かになった。おとなしくネルが降りてくるのを待っていてくれているようで、ネルはほっと息を吐く。


 使ったのは筒状の植物と、破裂の実、伸縮性のある蔦と棘のある蔦。その他接着作用のある虫など。


 ネルの父であれば数種類のからくり筒を常備していたが、素材の限られた洞窟の中でこれだけのものを作れるのであれば上等だ。きっと褒めてもらえるだろうと、亡き父を思い浮かべる。


 片脚が痛む中で、いまだ不機嫌な龍を待たせながら険しい岩壁を降りるのは骨が折れる。


 そこで、この蔦を使ってユルユルと降りることにしたのだ。蔦は伸縮性があり、一部に足をかけると、ネルの重さを利用してゆっくりと伸び、緩やかに下降できるのだ。


 足を外す際に気をつけなければ、勢いよく弾け跳ぶ蔦に巻き込まれるので、地に足がついたあとは体勢を整えてからそっと外す必要がある。


「ちょっと離れててね」


 龍が怒っていたことも気にせず、ネルは神経を集中させて蔦から足を引き抜く。すると、今度はバシュっと音をさせて蔦が弾けとび、うまい具合にトゲも外れてネルの目の前に落ちた。


「う〜ん。これからどうしようか。キミのたべもの、もうここにはあまりないよ?」


 蔦を器用に回収しながらネルは龍に話しかける。


 龍の方はというと、ネルの予想通りネルが逃げると思ったから怒っていたようで、降りてきた今となっては機嫌がよくなったのか、無邪気に蔦にじゃれついている。


 実際問題、洞窟内にいた小動物はすでに取り尽くしており、今では先ほどの道具を使って洞窟の外に餌を仕掛け、かかった小動物を洞窟内に釣り上げるという魚釣りの逆のようなことをして過ごしていた。


 しかし、龍の成長速度は早く、食糧供給が到底追いつきそうにない。


 いっそ龍とともに外に出るかとも思ったが、出口が狭すぎて出られそうにない。


「キミのお母さんはどうやってここに入ったんだろうね?」


 謎である。


 この龍とともに外に出れば、きっともう村には居られない。でもそうなったとしてもあまり気にはならなかった。


 村を追い出され、帝国に行くことになっても、きっとこの巨大な龍と共になら、みんな褒めてくれるだろう。


「キミを見てみんな驚くよ。でも、出られないからね〜」


 おとなしくなった龍を撫でながら話しかける。


 八方塞がりに近い状況の中、呑気に龍とともに食事を食べようと準備しているとき。


 上から何かが降ってきた。

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