道具作りの天才
ネルの日帰り逃避行は、しかし簡単にバレてしまった。幼児の浅知恵なのだから当然と言えば当然だ。
同じ場所から続けて飛び立てば、厳重な監視体制を敷いている軍はすぐにドラゴン使いの寮から何かが飛び立っていることに気がついた。
ただし、その正体までは捕捉していない。三度目の夜、飛び立つ現場を押さえる段取りが組まれていた。軍港に機動力のある種のドラゴンを何体か配置したのだ。
エストラはその話を夕方過ぎにダンテから聞いて、訓練場から慌てて駆け出す。確信はないが嫌な予感がしたのだ。親交の浅い部族の子とはいえ、同郷の者。この地のルールさえ知らない幼い後輩。トラブルになる前に 収めたかった。
エストラはネルの部屋の窓付近に隠れた。
「やっぱり!」
思った通りネルは窓からホバリングドラゴンに乗って出てきた。そしてキョロキョロと周りを見回すと、なぜか真っすぐにエストラの方に向かってくる。あたりは薄暗くなっており、エストラの姿が見えているとは到底思えない。
「エストラ!」
ネルが自分の名前を覚えていたことに妙な感心を覚えつつ、抱いた疑問を口にする。
「なんで僕が隠れているのがわかったんだ?」
日はもう落ち、辺りは薄暗かった。
「見えたから!」
「目がいいんだな」
エストラもだが、相手は島の子。野生の生物の中で育っているので、獲物を探すのが得意であってもおかしくはない。
「どこへ行くんだ?」
「おうちだよ」
「お家って……龍の島か? お前もしかして、昨日も行った?」
前日に島から飛び立つ飛翔体があったというのは、やはりネルが犯人だったようだ。まさか大陸周辺ではなく島にまで行っているとは。しかし、ネルを含め自分たちは腕輪があるために大陸から出ることはできない、はずだ。
「腕輪どうしたんだよ。お前ちっこいから抜けちゃった?」
そうしてエストラは確認するために、マントに覆われているネル腕を取る。ネルは嫌がるわけでもなく素直にされるがままになっているが、エストラはすぐに違和感に気がつく。
「なんだ……? この感触。おい、まさか」
マントがネルの腕からはらりと落ちる。そこには、からくり細工のような、いくつかの棒が組み合わさった物があった。本来手がある場所に。
とうに日は落ちている。月明かりの下、照らされたそのからくりの棒は、見ようによっては手のようなら形にも見えた。センスがないようでいて、むしろセンスのある子供の作った工作そのものだ。
「ネル。ネル。教えてくれ。これは、この手は、いったいどうしたんだ?」
エストラは、何度かネルの腕をとったことがあった。その時とった手はこちらの方の手だったはずだ。そこには幼い、細いけれど柔らかな手があったはず。
「うーん。あの腕輪があると、ここのケッカイ? を通り抜けられないって、おじさんがいってた。はずそうと思ったんだけど、抜けなくて」
「だから、切ったというのか」
明らかに、ネルの腕は切断されていた。そして本来手がある場所に、お手製の義手が生えていた。
「うん!」
「そんなに島に帰りたかったのか?」
「うーんと、島においてきた龍の子にご飯をあげなきゃいけないから」
その義手の繋ぎ目はどうなっているのかよくわからなかったが、いたいたしい。
「そんなことのために、腕をそんなにも簡単に」
オロソの民は龍の世話係だという。だからといって、ネルのこの行動はめちゃくちゃすぎる。エストラは混乱で目に涙が浮かび始めた。
「だって、僕が行かなきゃ、あの子死んじゃうから」
エストラはその答えに息を呑んだ。
島を変えたいと思って故郷を飛び出したエストラ。しかし、現実は厳しい。少数民族でしかも子供、まともに取りあってもらえない中、必死に軍にしがみついた。
島では優秀な子どもとして通っていたし、実際優秀だった。しかし、人種の壁は厚かった。
ドラゴンの扱いに長けているという面を生かして、徐々に信用を勝ち取っていったが、島の地位向上という野望からはほど遠い立ち位置だ。
そんな悶々とした生活を送っていたとき。不意に表れた少年、ネル。
彼は、相方の龍の為に、腕をいとも容易く切り捨てた。自分だったらどうすると考えると、到底できそうにない。そもそも考えにも浮かばない。
自分の腕などよりも、龍の命を取った。そのネルの口ぶりからすると、ネルにとって龍とは家族なのだろう。
エストラにとっても家族は大切だ。だからこそ、島と帝国の関係を変えるために、自らの島での未来を捨てて、自ら大陸へ渡った。
さりとて家族のために腕を捨てられるか。エストラは自問する。おそらく目の前で家族の命を盾に脅されていたとしたら、決断できるだろう。しかし、ネルはそこまで具体的に追い込まれたわけではなかった。
エストラがネルの小さな体のうちに見たのは、飽くなき家族愛だけでなく、その決断力。状況を見定め、最善を選択肢、きめたら躊躇なく実行する。
野生を生き抜くオロソの子供の真髄をここに見た気がした。
ーー覚悟が違うと、そう思った。
ネルがこの大陸に来て三日しか経ってない。手を切ってからそう時間が経っていないはずだ。義手どころか高熱を出していてもおかしくはない。しかし、ネルは平然としている。
軍の人間がここに探しに来るかもと気にしながらも、エストラは無視できずに痛々しいネルの手をとる。
「ネル。どうやって切ったんだとか、いろいろ聞きたいことはあるけど、まず教えて。手当はどうやったの。まだ痛いだろうし、膿んでもいるだろう。傷口をみせて」
はじめはきょとんとしていたネルも、その言葉が自分を心配しているものだと気づき、にっこり笑った。
「エストラには特別教えてあげる。これ、なんだと思う?」
そう言ってネルが肩から下げたカバンから取り出したのは、何かの薄い膜。よく見ると、ネルの手とお手製の義手のすき間からも同じような素材の膜がはみ出していた。
「これね、龍の卵の内側にあるうす皮なんだよ。これを傷口にまくと、血も止まるしきれいに治るんだ。痛くなくなる木の実を食べたから切ったときも痛くなかったし、傷口ももう治った」
そんな傷がもう治るわけがない。エストラはそう思ったが、まだいろいろ問い詰めようと思ったとき、突然軍港からの警報が鳴り響いた。
咄嗟に二人して身を伏せる。ホバリングドラゴンも真似をして身を伏せている。
「結界が、消えている……?」
エストラが目だけで周囲を確認すると、薄っすらと目視できていた、空間を覆う薄いベールのようなものが見えなくなっていた。
そのままあたりのようすをうかがっていると、程なく拡声器で軍からのアナウンスが流れる。
「龍の島での緊急事態発生。全ドラゴン使いは部隊長の指示に従い、出動準備をせよ」