重ね着のネギ
ネギ、美味しいですよね。
むいても むいても まだ何層もあるよ
ネギはぎっしり重ね着してる
それでもあきらめずに はぎとっていって
さいごの一枚をはがしたあとは
けっきょくからっぽじゃないかなんて
疑いながらも なんとか無事に
ちいさな芯に出逢えたとしても
それがネギの正体や本体ってわけでもなくて
はぎとられた 一枚 一枚も
ちゃんと ネギの一部と言うより むしろ
ネギそのものなんだよね
それは 長ネギ 玉ネギだけじゃなくて
キャベツや 白菜 ぼくたち人間だって同じことかも
いちばんまんなかの 芯の部分のみならず
着込んだ 一枚 一枚だって自分自身なんだから
無理に脱ぎ捨てて 裸を見せようとせずに
着込んだままを見せるのこそ
ありのままってことなんじゃないかな?
そんなふうに考えて 気が楽になったぶん
輪切りになって 重ね着から芯まで
ぜんぶ まる見えにされた
ネギと 玉ネギのことを思うと
少し気の毒な感じもする
こんどは「値切られたネギ」でも描こうかしら?