5.
ミハエルが戻ってくるまで、活気のある朝市を眺めることにした。
日本でも見るような手動のキッチンカーのような木製の屋台が街道に沿って何店舗も並んでいた。
港街ということもあり魚介類も見えるが新鮮そうな野菜も並んでいたので、ざっと見た雰囲気では前世でも食べていた美味しいご飯にもありつけそうだ。
とはいえ冒険者向けの保存食とかもあるかもしれない。
旅の前に一度試しておきたいよなぁ……なんて思っていたら、何処からか視線を感じた。
その視線の先へ目をやると、紙袋を抱えた50代位の女性と目が合った。
たまたま見られていたのかと思ったが、笑顔でこちらに向かって歩いてきた。
「あら、ニックじゃないの!もう身体は大丈夫なの?」
「あぁ、えっ、と……」
話しかけられてしまい俺は動揺した。相手はきっと俺を……ニックのことを知っているのだろう。
(どうしようか……)
知り合いなんだろうけれど、“ニック”としての記憶が無いのでどうすることも出来ない。だからと言って無視するのは失礼に当たる。
「えと、一応は松葉杖を使いながらですけど、歩ける様にはなりました」
「そう、良かったわぁ!結構大きな落石事故って聞いてたから、もう顔が見れなかったらとか思ってたから安心したわ」
「あ、えと、その、心配してくださってありがとうございます……」
「ニック?」
記憶が無いとは知らない女性が不思議そうな顔をした。あぁ、やっぱり喋らない方が良かったか?
俺が苦笑しつつも言葉を必死に探しているところで、ミシェルが戻ってきた。
「あぁ、オーランさん!こんにちは、買い物帰りですか?」
「あらあら、ミシェルさん。そうよ〜、お夕食に使うものの買い出ししてたのよ」
「そうだったんですね。……ニック、大丈夫?」
「え?あぁ、うん」
心配そうな顔で聞かれ、俺が返事をすると女性が「あら?」と零した。
「もしかして、お邪魔だったかしら?」
何を勘違いしているのか、ニマニマとした表情になった。
「いやぁ、そういう訳じゃないんですけどね。この前のセファード様の娘さんが狙われた事故があったじゃないですか。あの事故の時に、ニックが娘さんを庇って大怪我したんですよ。それに事故のショックで記憶が曖昧みたいで……。」
「あら、そうだったの!?ごめんなさいね、まさかそんな事になってるなんて知らなかったから……突然話しかけてびっくりしたわよね?」
「いやそんな全然良いですよ、気にしないでください。」
「ふふ、記憶を失っても謙遜しちゃうところは変わらないのね。まぁ、でも大事故だったてのは他の冒険者さんからも聞いてたから、早く顔が見れて安心したわ。」
オーランさんは「それじゃあ、またウチに顔出してね」と言い残すと、宿屋街方面に歩いて行った。
「いやぁ、相変わらずオーランさんは元気だなぁ」
そういいながら席についたミシェルは俺に「どうぞ」とスープを差し出してくれた。
「ありがとう。……なぁ、あの女の人って」
「彼女は君が泊まってた宿屋の女将さんだよ。」
ミシェルはそういうと、手を合わせて目を瞑って祈った後に、自分のスープを食べ始めた。
「なるほど、それで俺のこと知ってたんだな」
俺は一言返して、目の前の魚肉スープに涎が口にたまるのを感じながら、いただきますと小声で言ったあとに食べ始めた。
「んー、美味しいなコレ!」
はんぺんのようなものが入っているスープなのだが、鶏の軟骨も入っているのか食感が良い。
スープも千切りされた生姜と鶏の出汁が合わさって美味しいし温まる。
「港街といえば魚料理だけど、このスープは冒険者向けで安いのに美味しいんだよねぇ。これもあの宿屋の女将さんに教えてもらってね。」
「へぇ……そういやミシェルもあの女将さんと面識あったみたいだけど、もしかして同じ宿屋に泊まってたりする?」
「そうだね、オーランさんの宿屋を拠点にしてるよ。始めは野宿してたんだけど、ゴードンさんの依頼を受けてた時に、君が宿を紹介してくれたんだよ。」
「俺が紹介したのか!?まさか過ぎる……」
「記憶がないんだもんね、そりゃあ驚くよねぇ。」
苦笑しながらもミシェルはそういってスープを飲んだ。
「そういえば目が覚めた時に僕がいたの怖かったんじゃない?」
「あー、まぁ、びっくりはしたけどな。でも、こうやって色々と助けてくれてるのは本当に助かってる、ありがとう。」
俺がお礼を言うと、ミシェルは少し目を丸くして驚いたような顔をしたが、少し笑った。
「どういたしまして。……次の目的地が決まるまでの間にはなるだろうけど、僕自身も君には色々と助けてもらったからね。少しでも恩返しをしていくさ。」
そう話した彼の表情はどこか晴れ晴れとしている雰囲気が感じ取れた。
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