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スッと、心地よい風が頬を掠めた感覚で、俺は意識を取り戻した。
ゆっくりと瞼を開くと、白い天井が視界に入った。
(ここは、天国か……?)
少し手を動かしてみると俺はふかふかなベッドに横たわっていることが分かった。
流石は天国だな、なんて思いながら身をよじらせると、窓辺に置かれた椅子に誰かがうたた寝をしている姿が見えた。
その人は、アメジストのような紫の長髪で、少し耳が長く顔立ちがはっきりとしていて。
まるでファンタジーの世界にいる“エルフ”のように見えた。
しばらくその姿をぼうっと見つめていた。
多分、男の人だろうけど、こんなにも綺麗な人を拝めるなんて。
「死ぬ前に片付け頑張ったご褒美かな」
思わず、小声ではあるが、声に出ていた。
そんな俺の声が聴こえたのか、エルフみたいな人はゆっくりと目を開け、俺の方を見て、より目を見開いた。
「良かった!脈はあったから生きてるとは分かってたけど……もう3日も眠ったままだったから心配したんだよ。」
「3日も、寝てた……?」
寝てた、という言葉に引っ掛かりを感じる。何故なら俺は確実に命を落としたと感じたからだ。
しかし現実として俺は生きているわけなんだが……。と、自分の手に目をやったとき、あることに気付いた。
(いや、これ、俺の手じゃないんですけど!?)
感覚としては少し前まで葬式やら何やらの手続きで書類を書きまくって俺の“歳を重ねた皺だらけの手”を見慣れていただけに、今の視界に入っている手はそれと比較すると、とんでもなく“若々しい手”をしていたのだ。
「あの、俺って、どこかで倒れていたんですか?」
「……もしかして、覚えていないの?」
「え?」
男が神妙な面持ちをしたところで、廊下のほうからドタドタと足音が聞こえてきた。
「ここがあの人の病室ね!!!」
「お待ちくださいっつてんだろ!…って、兄ちゃん目が覚めたんか?」
突如として入ってきたのは、ふわふわとしたパーマのかかった金髪の少女と、白衣を着た強面風のサングラスをかけた角刈りの男性だった。
「え、えっと……」
「ゴードンさん、彼、事故に巻き込まれたことを覚えていないみたいです」
「なんだってぇ!?」
ゴードンと呼ばれた男は俺がいるベッドに駆け寄ると、ゆっくりと俺の身体を起こした。
「痛っ……」
全身を痛みが駆けていく。ケガをした覚えは無いんだが。
「大丈夫か?」というゴードンさんの言葉に「なんとか……」と返した。
なんとか起き上がると、ゴードンさんはベッドの柵に枕と布団を置き、俺がもたれかかれる様にしてくれた。
この間に、彼は自分が医者であること、俺が気を失っている間に診療所まで運んできて手当をしたことを教えてくれた。
「で、そこにいるエルフの兄ちゃんがさっき言ってたのは本当か?名前も覚えてないんか?」
「ええっと」
まさかの“エルフ”という単語で驚いて言葉に詰まると、ゴードンさんと一緒に部屋に入ってきた少女が間に入ってきた。
「あんたは崖から落ちてきた岩から私を守ってくれたの。あんたのお陰で私は今、生きられてるの!なのに、助けてくれたあんたは頭からいっぱい血を流してて……やっと目が覚めたのに、何も覚えてないなんて……!」
彼女は涙ぐみながらも苦しそうにそう訴えてきた。
……どうしよう、マジで掴めない。この人たちは俺を誰と間違えてるんだ?
この子が“俺”が気を失ったであろう理由を話してくれたお陰で、曖昧にではあるが、そんなことがあった気がするという感覚はある。
だが、あくまでも気がするというだけだ。よし、ここは何となくで話を合わせいこう。
とりあえず今はケガして記憶が無くなったことにしよう。うん、そうしよう。
この場で頼れそうなのは人の良さそうなゴードンさんしかいない気がしたので、困ったような顔をして彼を見た。
「本当に何も覚えてないんだな。……近くの岩場で頭やら全身から血を流して倒れてたんだわ。状況は、まぁ、大体はそこの嬢ちゃんが言った通りだ。」
「ああ、なるほど……」
なんて言ってみたけど、やっぱり“俺”自身には心当たりのない出来事すぎるんですが!?
そんな風に内心 慌ててふためいていると、ゴードンさんがしゃがんで俺と目線を合わせてきた。
「実はな俺が兄ちゃん……いや、ニックに薬草の採取を頼んだからこうなったんだわ。俺が一緒に行ってれば、こんなことにはならなかったかもしれねぇのに」
ゴードンさんは「本当にすまねぇ」と頭を下げて謝った。
「い、いや、そんな。頭上げてくださいよ。何はともあれ、今、こうして生きてるんですから、ね?」
この言葉に嘘はない。“俺”が生きているというのはこの場において確かな事実なのだから。
(それに、ゴードンさんの発言でかなり重要な手がかりも得られた)
「とりあえず、今日は少し一人にさせてくれますか?起きたばっかりですし、やっぱり身体は痛いんで……」
明日、また色々と教えて欲しいと言うと、みんな納得して部屋から出ていく流れになり、エルフの青年も「また明日来るね」と言い残して最後に出て行ってくれた。
(そういや、あのエルフの人と女の子の名前を聞いてないや)
二人が誰なのかが気になったが、とりあえず、それは明日聞けばいい。
(一番の問題は、俺が“ニック”と呼ばれたことだ)
現状をまとめると、蒸し暑かった実家の玄関付近で倒れて亡くなったはず……なのだが、目が覚めたらなぜか“ニック”呼ばれたこと。
そして“ニック”はあの女の子を助けたことで全身を怪我して、ゴードンさんの診療所に運ばれたということ。
これらは小さい頃に、父親の隣に座りながら見た光景と酷似していた。
一瞬、その可能性を見ないフリをしようとしたけれど、ここまでピースが揃っているのなら、これは認めるしかないじゃないか。
俺は、父の大好きだったゲームの主人公“ニック”になってしまったということに。
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ふわふわのベッドって気持ちが良いですよね。