なろう異世界史 物流編③
「危ないところを、ありがとうございます。わたし、エリーゼといいます。あなたは?」
少女の澄んだ瞳に見つめられ、わしは一瞬、言葉を失った。
だが、心の中で何かが引っかかり、つい答えてしまった。
――後になって思えば、何も言わずに去っていればよかったのじゃ……
「オレは転生者の○○。よろしく」
その瞬間、少女の表情が急に曇り、肩が震え始めた。
ぽろぽろと涙が頬を伝い落ちるのを見て、胸がぎゅっと締めつけられた。
「……して……」
「な、なに……かな?」
わしは不安な気持ちを抱えたまま声をかける。
しかし、すぐに予感が確信へと変わった。
その少女が言いたいことが、わしの心の中で形になり始めた。
そして、その通りだった。
「何が、あったの?」
わしが思わず口にしたその言葉が、後悔を生むことになるとわかっていながら、口をついて出た。その瞬間、少女は声を詰まらせ、目を大きく見開いた。
少しだけ静けさが流れた後、彼女の声が震えながら漏れた。
「お父さんに……仕事を返してよっ!!」
涙ながらに叫ぶその言葉は、まるで刃のように鋭く、わしの胸に突き刺さった。
しばらく動けなくなり、ただ彼女を見つめることしかできなかった。
だが、それでも彼女は続けた。
「返して、返してよ……」
その繰り返しが、わしの心を重く締めつけていく。
その声が次第に小さくなり、力なくしゃがみ込んだ少女が、悲しげに呟くように言った。
「あなたたちのせいで、お父さんもお母さんもおかしくなった……あなたたちなんて、いなければよかったのよぉぉぉ!!」
その言葉が、まるで雷のようにわしの中に響いた。
わしは何も言えず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
その娘は、泣きながらもなお自分を責めるように叫び続けている。だが、わしは何もできなかった。助けることも、謝ることも、そしてその場を立ち去ることすらできなかった。
この時、わしが思い浮かべたのは、彼女が逃げ出そうとして捕まった状況だった。
奴隷として売られる寸前だったあの光景。
助けた時の安堵とともに、わしの心に芽生えたのは、決して明るい未来ではなかった。
だが、ひとつだけ思いついたことがあった。
奴隷商は、今の状況でその娘を購入するほどの資金など持っていないだろう。
しかし、わしはその先に気づいてしまった。
あの少女が売られる場所が、裕福な貴族か、あるいは富豪のところであること。
そんな思考がわしを支配した瞬間、嫌な予感を抑えきれなかった。
だが、それでもわしは行動した。
その暴漢に商談を持ちかけ、案内されるままに奴隷商のところへと向かう。
その瞬間、わしは心の中で決意を固めた。
そして、見積もられた金額の倍を支払い、その少女を購入した。
「お買い上げ、ありがとうござい……ます。わたしはあなたの忠実な奴隷です。なんなりと、ご随意にお申し付けくださいませ。ご所望ならば、よと……も厭いません」
その少女の無感情な、冷たく響く声を耳にしながら、わしはその言葉に反応せず、ただその娘を抱きしめた。どれほど強く抱きしめても、彼女は何の反応も返さなかった。
わしは涙を堪えきれず、大声で泣いた。
――わしの中の後悔と罪悪感が、この涙の中で溶けていくことはなかった。