なろう異世界史 迷宮篇⑫
「はぁ~ここは天国ですかぁ? それとももふもふ地獄ですか? ご主人様ぁ」
「………」
エリーゼが壊れた……
あの四天王の劇をみた後からこの調子だ……
おそるべし、迷宮ランド……
などと、思いながら歩いていると。
――ざわっ……
なにやら、辺りに人が集まりだした。
しかも、やたら若い女性が多い。
子連れの家族も、なぜか増えている。
「なんだ? 何かイベントか?」
そんな疑問が浮かんだ時、園内アナウンスが響いた。
「まもなく、スタンピードの時間です!」
園内が一気に活気づく。
「3ヶ月に一度の特別イベント! もふもんの襲撃に、震えてください!」
「…………」
俺の脳が、一瞬理解を拒否した。
「もふもんの……襲撃……?」
周囲の空気が、急激に変わる。
客たちは固唾を飲み、表情を引き締める。
「そろそろだな……」
なにが?
「ああ……待ち遠しいな」
は? なにを?
――ゴクッ。
誰かが生唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
「……くるぞ……構えろっ!」
え? なに? どういうこと?
頭の中が混乱でいっぱいになる。
その時だった――
「きゃあああああっ!! もふもふが来たぁぁ!!!」
悲鳴というか、歓声というか、謎の興奮を帯びた叫びがあちこちで響く。
そして――
視界いっぱいに広がる、ふわっふわの毛玉の大群――
「きゃぁぁぁ! こっちにきたぁぁ! もっふもふ! しあわせぇ~~!!!」
エリーゼが、本格的に壊れた。
いや、壊れたのはエリーゼだけではない。
周囲の人々が、異常なほどの熱量で もふもふに群がり、恍惚の表情を浮かべている。
当然、エリーゼも――
「はぁぁぁ……ここは天国……いや、もふもふ極楽浄土……」
……あまりのトロけっぷりに、こっちが心配になるレベルだった。
だが、そんな中――
「おいおい、魔物だろ? さっさと倒したほうがいいんじゃないか?」
「ああ……でも、なんか様子が……」
周囲の異常な空気を察したのか、武装した冒険者の一団が困惑していた。
そのうちの一人が、おそるおそる剣を抜き――
「っ! 何、してるのっ!!!」
突如、もふもふ信仰者たちが 怒りの形相 で冒険者に詰め寄る!
「もふもふ様に刃を向けるなんて、許されるとでも!??」
「無礼者ッ!! もふもふに謝れッ!!!」
「えっ!? ちょっ、おまっ――」
信仰者たちの 謎の神聖パワー が炸裂し――
冒険者、あえなく撃沈。
「もふもふは、すべてを救うのです……さあ、あなたも……」
冒険者の一人が、涙を流しながらもふもふに抱きついた――
――そして、もふもふ信仰者が一人、また一人と増えていく。
「な……なんなんだ、これ……」
オレの混乱は、もはや最高潮に達していた。
―――スタンピードが終わり、周りの人々が落ち着き平和を取り戻した。
もふもふ信仰者たちは満足げに去り、周囲には平和が戻った。
「ハァ……ハァ……」
す、すごすぎる……
もふもふの嵐 に巻き込まれた人々は、完全に 燃え尽きた顔 をしている。
しかし、彼らの表情には、一抹の幸福感が浮かんでいた……
「もう、死んでもいい……」
エリーゼが呟く。
え、縁起でもない……エリーゼさん、元に戻ってください……
俺は人酔いともふもふ酔いでフラフラになりながら、それでも他のエリアを回ってみた。
が――
どこもかしこも「2時間待ち」「3時間待ち」「5時間待ち」の表示が並んでいる。
特に 「迷宮部屋巡り」 というアトラクションが大人気らしく、予約なしでは絶対に入れないらしい。
なにやら、ごく稀に「モンスター部屋」が現れ、もふもんの嵐に遭遇する ことがあるそうだ。
しかも、そこでもふもふと記念撮影し放題 という、もふもんマニアにはたまらない仕様らしい。
……もう、なんでもアリだな。
さらに、近々、隣の迷宮に新しいエリアがオープンするとかで、その名も――
――『ティバ迷宮シー』
「…………」
俺はもう、ツッコむ気力すら失っていた。
「はぁ……疲れた……そろそろ戻ろうか、エリーゼ」
「ええっ!? もうちょっとだけ……」
「………」
……そして、閉園まで 「もうちょっと」 攻撃を受け続けたのだった。
………
――ギルドに戻り。
「と、いうことでした。はい」
俺がそう報告すると――
「うううっ! なんですか、それっ! 自慢ですかっ!!」
受付嬢のお姉さんが 机をバンッ! と叩き、涙目で詰め寄ってきた。
「行けなかった私に対する当てつけですか!? 死ねばいいのにっ!!」
「………」
……お姉さんは、すごくお冠になったとさ。まる。




