なろう異世界史 物流編②
異世界人たちは、わしの力を便利に思いながらも、次第にその存在を厄介に感じるようになっていった。
それを肌で感じたわしは、アイテムボックスや転移の使用をためらうようになった。
だが、すでにその便利さに慣れ切っていたパーティーの連中は、
「出し惜しみしやがって!」
「金を払わないからやってくれないのか!? この守銭奴!」
「これだから転生者は信用できないんだよ!」
と、詰め寄ってきた。
そんな言葉に抗う気力もなく、わしは惰性のように力を使い続けるしかなかった――。
だが、それがさらなる問題を引き起こすことになった。
新たな転生者が現れ、彼は裕福な商人や貴族、果ては王家にまで取り入り、物流を一手に担い始めた。
特殊な保存技術や即時輸送手段を駆使し、市場に大量の商品を供給したことで、莫大な富を手にすることになった。
しかし、その歪な経済の波は、すぐに一般の人々を飲み込んでいく。
最初に影響を受けたのは、地道に働いていた小さな農家だった。
市場に出回る作物の価格が急落し、農家たちは正当な対価を得られなくなっていった。
収入が減る中、生活費を工面するために資金を借りたが、気づけば利子は雪だるま式に膨れ上がり、返済の目処すら立たない。
そして――ある農家の主人が、絶望の果てに首を吊った。
その波は、すぐに中規模の農園へと押し寄せた。
従業員への賃金すら支払えず、農園は次々と閉鎖に追い込まれていった。
そして、ついには大規模農園さえも経営破綻し、国全体の農業が崩壊。
作物の供給は激減し、街には飢餓と貧困が溢れかえった。
人々の生活は困窮し、治安の悪化が止まらない。
もはや、転生者の力はこの異世界に繁栄ではなく、滅びをもたらしているのではないか……?
わしの胸には、言いようのない自責の念が重くのしかかる。
「わしのせいなのか……?」
だが――問題はまだ終わらない。
物流というものは、無数の人々の手によって支えられている。
しかし、転生者による異常なシステムは、その全てを無慈悲に破壊したのだ……
最初に悲鳴を上げたのは、旅商人たちだった。
彼らは各地を巡り、街から街へと商品を運び、人々の暮らしを支えていた。
だが、瞬時に物資を供給できる転生者の能力の前に、彼らの努力は無意味と化した。
「もうバカバカしくてやってられねぇ……」
そう呟き、何人もの旅商人が廃業していった。
さらに、陸路の運送業も壊滅的な打撃を受けた。
馬車を引く馬の餌代すら捻出できず、苦渋の決断の末、馬を手放す者も現れた。
街道を行き交う荷馬車は姿を消し、代わりに寂れた宿場町には失業者が溢れかえった。
次に崩壊したのは港湾業だ。
船乗りたちはかつての活気を失い、次第に港には動かぬ帆船が放置されるようになった。
定期航路は廃止され、雇われていた労働者たちは次々と仕事を失った。
「もう船を維持する余裕なんてない……」
賃金の未払いが続き、ついには暴動が起きる港すら出てくる始末だった。
そして――問題は運送業界だけにとどまらなかった。
物流の停滞は、思わぬところにまで影響を及ぼし始める。
奴隷商人たちも例外ではなかった。
物流が滞れば、人の流れも止まる。
本来、各地の鉱山や農場に送られるはずだった奴隷たちは行き場を失い、収容所には飢えた者たちが溢れ返った。
供給過多によって奴隷の価値は暴落し、手に負えなくなった商人たちは次々と店を畳んでいった。
管理の行き届かなくなった奴隷たちは飢えに耐えかね、やがて餓死するか、暴徒と化して街を襲い始める。
――「あの頃の王都は、まさに地獄そのものじゃった……」
こうして、転生者の生み出した便利すぎる力は、社会の根幹を蝕み、サービス業、小売業、金融業、製造業……ありとあらゆる産業の破壊の連鎖を生み出していった。
――もしかして、俺たち転生者の存在そのものが、この世界にとって害悪なんじゃないのか……?
そんな思いが、わしの胸を重く沈ませた。
そんな折、わしは荒廃した街の中を申し訳なさでいっぱいになりながら歩いていた。
すると、一人の少女が暴漢に襲われているのを目撃したのじゃ。
せめてもの償いにと、わしは迷わず助けに入った。
……助けた……はずじゃった……だが……




