なろう異世界史 迷宮篇⑪
さすがに歩き疲れた上に、ホラーハウスでSAN値を削られたため、手頃な飲食店に入ることにした。
しかし……
―― 『英雄ガストロの肉宴亭』――
巨大な猪の丸焼きや骨付き肉が名物
英雄の名を冠しているが、実際はその英雄とは無関係の一般人が経営
木の樽に入ったジュースやエール風ドリンクが提供される
・「名物!『英雄ガストロの特大肉塊ステーキ』―― 1枚 7,000G(ドリンク別)」
・「伝説の『竜の涙エール』―― 一杯 3,500G」
・「お手頃ランチセット! 『戦士の肉盛りプレート』―― 4,800G(※パンは別料金)」
「たけぇぇぇぇ! これ、王侯貴族向けかよ!」
うっ、思わず声が出ちまった…!
たしか……1G=1円くらいだよな……あれ、7,000円ってこと?
これって冒険者にはほぼ無理な価格設定じゃないか?
「どれだけ、思い出値段を取っているのやら……」
……まさかとは思うけど、この信じられない値段設定も忘れられない想い出として残すための手段じゃないよな? 高すぎて忘れられない……みたいな感じで。
エリーゼも驚いた顔で、メニューをじっと見つめている。
次に目を移すと、目を疑うようなメニューが目に入った。
―― 『王国御用達・聖なるパン屋《天使の恵み》』――
「天界から降りてきた秘伝のレシピ」で作られたパン(ただのマーケティング)
「聖なるミルク(ただの牛乳)」を練り込んでいると言われる高級クロワッサンが人気
店員が妙に気品のある態度で接客する
・「聖騎士の朝食セット(パン2種+スープ)―― 6,200G」
・「天使の囁きクロワッサン(1個)―― 2,800G」
・「神聖なる甘露―― 1,500G(小瓶)」
「パン1個で初級冒険者の野草クエスト1日分の稼ぎ吹っ飛ぶってどういうことだよ!」
オレが目の前の値段表を見て、驚きのあまり声が漏れる。
エリーゼは、目をまるで狐のように見開いて、どう反応していいのか迷っているようだ。
「これ、すごすぎませんか…?」
「まさか、そんな高級クロワッサンって…」
「いや、普通にハチミツだろ、神聖も何もないだろ…」
二人で少し困惑しながら、次の店を探し始める。
しかし、やっぱりどこも高い。
――『フェニックスの羽亭』――
「もう、ここでいいや……疲れたよ……いろんな意味で……エリーゼもいいかい?」
「はい、ご主人様の望みのままに」
というわけで、この店に入ることにした。
この店のウリは、「不死鳥の涙(=激辛ソース)」を使ったスパイシーチキンらしい。
キャッチコピーは「一度食べると生まれ変わった気分になる」。
店内には火の鳥の彫刻が飾られ、炎をイメージしたランプが灯されている。
まさに"不死鳥"をコンセプトにした店だ。
――で、お値段は……
・「人気No.1!『フェニックスの羽揚げセット(3ピース)』―― 5,500G」
・「数量限定!『黄金の卵ワッフル』―― 3,800G(ドリンク別)」
・「追加ソース(50G)※一振りごとに課金されます」
……え?
「ソースも金取るのか!? ぼったくりすぎるだろ!!」
しかも例に漏れず、たけぇぇぇ!!!
普通に考えて、チキン3ピース5,500円って高級焼肉レベルだぞ。
値段設定おかしいだろ……
が、仕方ない……
「あの、ご主人様……顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「い、いや、なんでもない……それより、好きなものを頼みなよ。はは……」
「いえ、私はご主人様と同じもので構いません。それに……正直、食べなくても大丈夫です」
エリーゼはそう言って、少し寂しそうに目を伏せた。
「ここ、値段が高すぎますし……ご主人様が無理してた頃を思い出すと、なんだか贅沢しちゃいけない気がして……」
「エリーゼ……」
その殊勝な態度に、思わず俺は「じゃあ、二人でひとつを分けるか」と提案した。
が――
「申し訳ありません、お客様。当店ではお一人様一品以上のご注文をお願いしております」
やたら愛想のいい店員の笑顔が、妙に刺さる。
「マジかよ……」
仕方なく、俺は「フェニックスセット」と、一番安い「ホクホクポテト」を注文した。
―――食事が終わった後。
食べ終えて、店を出る。
ふと、通りを歩く親子連れの姿が目に入った。
「楽しかったね!」
「次はどこ行くー?」
そんな微笑ましい会話を聞きながら歩いていると――
「ご主人様、あそこが騒がしいです。何が始まっているのでしょうか?」
「……行ってみるか?」
「はい!」
エリーゼの瞳が好奇心で輝く。
人混みの方へ近づいてみると、そこでは何やら舞台劇のような戦いが繰り広げられていた。
――カンッ! ギンッ! ガキ~ン!
剣戟が交わされ、鋭い音が響き渡る。
最後の一撃が決まり、剣が宙を舞った。
――決着。
「ば、ばかなっ……! わしの『かわいい』が負けるなど……っ!!」
地に伏した もふもふの王(かわ系魔物四天王の一匹)が、信じられないとばかりに震える。
そのとき――
「ククク……やつは四天王の中でも最弱……」
観客のざわめきの中、不気味な声が響く。
「所詮は『もふもふ』の力のみ……我ら四天王の中では、最も柔らかい存在……」
影から現れたのは、新たなもふもふ――
「次はもちもちの王が相手をしてやろう……!」
その言葉とともに、舞台の幕が閉じられた。
――終劇。
「………」
なんだこれっ!
「わぁ~かわいい……」
横を見ると、エリーゼがキラキラした目で舞台を見つめていた。
そんなエリーゼを現実に戻して、場所の移動を始めたのだった。




