なろう異世界史 迷宮篇⑧
「……ったく……おめぇら、何やっちゃってくれてんだよ……出禁にすっぞ! ほんとによぉ」
「「さ、さーせん……」」
「ま、この破壊された椅子はおめぇ~らのシノギから引いておくからなっ!」
「「そ、そんな、殺生な……オレには腹を好かせた、かかぁと寝たきりの子供がいるんですよ……勘弁してくださいよ……」」
「ふ、二人共か? しかもなんか変なきがするが……そ、そりゃ、大変だな……まぁ、払えるときでいいわ」
「「あ、あざっす!」」
そんな軽いやり取りが交わされる中、受付のお姉さんは無表情で淡々と話を続けていた。
「こちらの依頼は一ヶ月期限となっておりますが、現在、経過時間は半年です。もしよろしければ、ここにサインを……」
その声には感情がなく、まるで機械が音声を発しているかのようだった。
死んだ魚のような目をした彼女を見て、思わずオレは視線を逸らす。
「……お姉さん?」
エリーゼも驚いた様子で受付嬢を見つめていたが、彼女はただ「ぶつぶつ……」と呪文のように同じ言葉を繰り返している。
これは……どうにもならないな。
仕方なく、オレはエリーゼに尋ねた。
「……どうする? とにかく、行ってみるか?」
「それは……行きたいですが、宿がないのは困りませんか?」
「最悪、野宿でも構わないが……」
そう思っていた矢先、ギルドマスターが渋い顔で声をかけてきた。
「おい、お前ら……それは無理かもしれんぞ」
「なぜですか?」
オレの問いに、ギルマスは腕を組みながら真剣な表情で答える。
「最近、宿が取れない冒険者が増えすぎてな。お前らみたいに野宿する奴も多いんだが……それが大問題になってるんだよ」
「え?」
「王国の決定で、今は野宿が全面的に禁止されてるんだ。理由は簡単だ……治安の悪化、それに伴うトラブルの増加だ」
「それって、具体的には?」
「住民との衝突、盗難、暴力事件、さらには……人さらいまで出てきてる」
「人さらい!?」
「そうだ。野宿してる連中が格好のターゲットになってるらしい。特に王都周辺では、いくつもの失踪事件が起きてる」
ギルマスの言葉に、オレとエリーゼは顔を見合わせる。
「……マズいですね」
「だから、野宿はやめとけ。お前らがどうなろうと、オレの知ったことじゃねぇが……助言はしておく」
ギルマスはそう言うと、ため息をつきながらカウンターに肘をついた。
宿が取れないのは困るが、それ以上に、王都周辺の治安の悪化と、野宿者を狙う人さらいの存在……
オレたちは、目の前の問題よりも、その裏にある恐ろしい現実に言葉を失っていた。




