なろう異世界史 迷宮篇①
物流問題から150年が経過した街には、平穏が漂っていた。
復興が進み、街はすっかり賑わいを取り戻している。
そんな中、オレは次の目標を考えていた。
「エリーゼ、迷宮に行ってみようか」
「迷宮、ですか?」
「そうだ。あそこにはまだ、未解明の領域がたくさんある。少しでも街の発展に役立つものが見つかればいいと思ってな」
「……ご主人様がそうおっしゃるなら、私はどこへでもお供します」
そうして向かったのは冒険者ギルドだった。
オレは数百年前に登録して以来、ギルドに足を運んでいなかったが、エリーゼを同行させる以上、彼女の登録を済ませておきたかったのだ。
ギルドの扉を開けると、昔と変わらない活気ある光景が広がっていた。
若い冒険者たちが行き交い、受付では慌ただしい声が響いている。
「受付で済ませるから、少し待っていろ」
カウンターに近づくと、受付の女性がやや驚いた表情を浮かべた。
「あの……このカード、かなり古いですね。今日はカードの更新ですか?」
「いや、迷宮に行こうと思ってるんだが、相方がカードを持っていなくてな。作って欲しいんだ。まぁ、ついでにオレのも更新してもらおうか」
エリーゼは少し緊張した面持ちで、オレの後ろに立っていた。
「……ご主人様、私は大丈夫ですか?」
「もちろん、心配いらない」
受付の女性がにっこりと微笑み、手続きを始める。
「それでは、少しお待ちください。登録内容の確認が必要ですので」
そう言うと、彼女は古代の謎技術の道具を使って登録作業を始めた。あの装置、いつ見ても不思議だ。どうなっているんだろうか?
そんなことを考えながら窓の外をぼんやりと眺め、街の様子を見ていた。しばらくすると、受付の女性が手続きを終え、二人分のカードを差し出してきた。
「はい、登録終了しました。ご確認ください。以降の説明は○○様ならご存知かと思いますが、必要でしたらお伝えしますよ」
「いや、大丈夫だ」
「それでは、ご利用ありがとうございました」
綺麗にお辞儀をした受付の女性に、オレは迷宮について尋ねてみた。
「それで、迷宮についてだが……最近、何か変わったことでもあったか?」
オレが言うと、受付の女性は一瞬戸惑った表情を浮かべた。
「いえ……その……(見てもらったほうが早いかもしれません)」
何かを隠しているような雰囲気だ。
「何か問題があるのか?」
「いえ……迷宮に行くのですよね?」
言葉を濁すような彼女の態度に違和感を覚えたが、深く追及するのも気が引けた。
「まあ、行ってみれば分かるだろう」
「それじゃあ、行こうか、エリーゼ」
「はい、ご主人様」
――迷宮への道中
最寄りの迷宮は北の街道を二十キロほど進み、脇道から山に入った先にある。
初心者向けとされる迷宮だが、エリーゼにとっては初めての体験だ。
オレたちは必要な装備を揃えるために街を散策した。エリーゼの防具、食料、ロープ、ランタンなどを購入しながら歩く。エリーゼは初めて見るものばかりに興味津々の様子で、オレも自然と笑顔になった。
「これで準備は万全だな」
「はい、ご主人様。よろしくお願いします」
乗合馬車で街を離れ、途中で野宿を挟み、ついに迷宮の入口に到着した。
――迷宮の入口
だが、オレは違和感を覚えていた。ここに来るまでの道中、魔物に一度も遭遇していないのだ。
普通なら一度や二度くらい接触があってもおかしくない。
それがまるで、道中そのものが静まり返っているかのようだった。
「エリーゼ、何か気づいたことはあるか?」
「いえ、ご主人様……けれど、この静けさ、少し不自然ですね」
エリーゼも感じているのか。
その言葉が、さらにオレの胸に不安を募らせた。
迷宮の入口に立つと、さらに奇妙なことに気づいた。
迷宮独特の威圧感がない。
まるで、そこにあるべき生き物の気配が消え失せているかのような感覚だ。
「昔、転生者の誰かが言っていたな……」
“迷宮は生物みたいだ”と。
魔力が血液で、魔物がその一部だとしたら――ここはまるで、死体のように静まり返っている。
この違和感の正体は何なのか。
何か起きているのか?
――胸の奥に広がる不安を抑えきれないまま、オレは迷宮の入口をじっと見つめた。




