なろう異世界史 物流編⑬
皆が普通の生活を取り戻そうと、頑張ってくれている。
その様子を見るたびに、オレの心は癒されていく。
そして、
「転生者さんは、ほんと何も知らないんだな」
「ムーンルートは当然として、この時期ならグローキャロットもいいな……」
と、畑仕事をしていた人が、色々と教えてくれる。
畑仕事をしていた老人がじっと土を指でつまみながら、話しかけてきた。
「ここの土はな、ちょっと粘り気があるが、ルートポムにはぴったりだ。水もちがいいからな。ただ、向こうの斜面は乾きやすいから、サンベリーにはうってつけだろうよ」
オレは熱心にうなずきながら、必死に知識を吸収する。
「でもよ、問題は水だ。今の畑の規模ならいいが、これから人が増えりゃ、水が足りなくなるのは目に見えてる」
「もっと川の近くに畑を作らないと、水の確保が難しくなるぞ」
川の近くに畑を広げる……か。
そうなると、新たな土地の開墾が必須だ。
問題はまだまだ山積みだ……
それでも、暗く澱んでいた雰囲気から人々に笑顔が戻りつつあるのが、オレには喜びであり、救いだった。
そんな事を思っていたのだが、直近の問題が発生しだす。
「金がないっ……」
―――なんとかしないとっ!
その焦りは次第に態度に表れ、オレ自身も気づかぬうちに周囲との会話すら上の空になっていた。
食事のときも、休憩のときも、領民たちと話しているときでさえ、頭の中は不安と焦燥感でいっぱいだった。
刻一刻と迫る決壊の日。
考えれば考えるほど、明日なんて来なければいいとさえ思い始めていた……
そんなオレの様子を心配して、エリーゼがそっと声をかけてくれた。
「どうなされましたか? ご主人様。お顔の色がすぐれませんね……お疲れになられているのではないですか? 作物も順調に育っていますし、収穫の目処も立ち始めたことですし、ここは皆にお任せして、少しお休みになられてはいかがでしょうか?」
「目処が立つ……?」
オレは呆然とエリーゼを見つめる。
「はい、順調に作物は育っ――」
――ガンッ!
気がつけば、オレの拳が近くの木箱を叩いていた。
突然の音に、エリーゼは驚いたように目を見開く。
その怯えたような表情が、オレの苛立ちにさらに火をつける。
「全然、目処なんて立ってなんかいないっ! 食料だって底を尽きかけてる! それに……買い足すための金も、もうないんだっ! さらに作物の収穫だって、まだまだ先だっ! それのどこが順調なんだよ……!? 言ってみろよ……」
自分でも驚くほどの怒気を含んだ声が、静まり返った空気の中に響く。
エリーゼは、悲しそうな表情を浮かべながら、ただじっとオレを見つめていた。
その顔を見た瞬間、オレはハッとして我に返る。
だが、一度放った言葉はもう戻らない。
胸が締め付けられるような後悔が押し寄せる。
「……ごめん、エリーゼ……」
オレは絞り出すように謝る。
「お前は悪くないのに……オレ、もう余裕がなくて……それで、辛く当たってしまった……本当に、悪かった……今のオレは、何も持っていなくて、謝ることしかできない……すまない……」
うなだれるオレを見て、エリーゼはしばらくじっと見つめた後、ふっと微笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「ご主人様の今までの態度、やっと分かりました……お願いです、ご主人様。お一人で悩みを抱え込まないでください。わたしにだけでも……相談してください。聞くだけなら出来ます。話すことで、少しでも気が楽になるかもしれません。だから……一人で抱え込まないでください」
「……っ!」
……あんなに心ない言葉をぶつけたのに、エリーゼはオレの悩みを受け止めようとしてくれている。
それが、オレにとって、どれだけ嬉しい言葉か……
そして、さっきのエリーゼの言葉も、ただオレを気遣った優しさからだった。
それを、オレは……
エリーゼの人を思いやる心、優しさ、それに甘えてばかりいたのかもしれない。
――それに、一人で悩んでいても、解決なんてしない。
彼女の言葉は、その事実を分かってくれているからこそのものなんだ。
「すまない、エリーゼ……辛くあたってしまったのに情けないが、聞いて欲しい」
「はい」
その一言。その一言だけで、オレの心は少し軽くなった気がした。
そして、オレはエリーゼに、今の状況を静かに伝え始めた。




