なろう異世界史 物流編⑫
「……なぁ、オレたち……このままでいいのか? アイツ、一人で頑張ってるぞ」
転生者のオレが一人で畑を耕し始めて、数週間が経ったある日。
一人の領民がぽつりと呟いた。
「放っておけっ! こんな状況を作ったのはアイツらなんだっ! あれくらいやって当然なんだよっ!」
そう言い放ったのは、オレたち転生者に一番恨みを抱いている男だった。
「そうは言うけどさ……これはオレたちの問題だろ? 全部任せっきりってのは、どうなんだよ?」
「知るかよっ! オレたちをこんなにした責任はアイツらにあるんだ。これくらいやって当然なんだよっ!」
ギゼルは鋭く言い放つ。しかし、その拳は強く握りしめられ、揺れる瞳はどこか迷いを孕んでいた。
「でもさ……」
「うるせぇ! そんなにやりたきゃ、おめぇらがやってやれよっ! オレは知らんっ!」
「ギゼル……」
言葉に戸惑いが混じる。
周囲の者たちも顔を見合わせ、誰もすぐには返事をしなかった。
だが、オレが倒れたのを目撃すると、
「……俺、手伝うよ」
一人がそう呟き、畑へと向かう。
その後に、また一人、そしてもう一人と続く者が現れ始めた。
その光景を目の当たりにしたとき、ギゼルの気持ちは揺れる。
だが、目の前に浮かぶ家族の顔が、思い出されて、胸が締め付けられるようだった。
そんな自分自身の気持ちに折り合いがつかないギゼルに一人の友人が語りかける。
「……ギゼル、お前もほんとは手伝いたいんじゃないのか? お前さんのチビたちが亡くなった気持ちもわからなくはないが、それでも、アイツはなんとかしようとしているんだ。お前さんと同じような者を出さないためにな……今すぐ、どうこうしろとは言わない。気持ちが落ち着いたら、考えて置いてくれ……じゃあ、オレは手伝いにいってくるよ」
「……くそっ!」
ギゼルは納得がいかないままに、いつの間にか鍬を手に持っていた……
―――そして……。
「か、勘違いするなよ。転生者。オレたちの問題はオレたちが解決するんだからなっ! おまえの手なんぞ借りるまでもないってなっ!」
ギゼルはわしに強く言い放った。
「ああ、わかってる……ありがとう……」
つい、自然に出た感謝の言葉。
―――「ありがとう」―――
その言葉が、自然に口から出たのは、ほんの少しの安堵とともに、胸の奥でこれまでの自分の行動が無駄ではなかったと思える瞬間だったからだ。
人々が一歩踏み出してくれた。
とくに、頑なに拒んでいたギゼルが一歩踏み出しくれたことに、わしは嬉しかった。
自分一人では無理だと思っていた。
しかし、今はもう、違う。
自分がやってきたことに、確かな意味があったのだと信じられる瞬間がここにある。
そして、ギゼルも手を差し伸べてくれたことで、少しでもその歩みを助けられたことが、これまでの自分の努力に対する一つの答えだと思えた。
その感謝を、ギゼルに……いや、みんなに向けて、何もかもを言葉で伝えることはできなかった。
だから、ただ、心からの一言を届けた、「ありがとう」と。




