なろう異世界史 物流編⑪
―――「転生者がっ……やっぱりな。何もできずに勝手に倒れやがって。お前は、ただ俺たちを不幸にしただけのろくでなしだっ!」
「違う……俺は……ただ……」
必死に言葉を探そうとするが……喉が乾き、何も出てこない。
「何が違うだっ! 俺たちを助けるなんて大口叩いたくせに、大したこともできない役立たずじゃないかっ!」
「違うっ! 俺は……俺は、みんなのことを思ってっ!」
「何が、みんなだっ! 結局、自分は頑張ってると正当化して、許されたいだけじゃないかっ! この偽善者がっ!」
「ちがうっ!」
「偽善者!」
「卑怯者!」
「とっと出て行けよっ! この無能者がっ!」
「ちがうっ! ちがうんだっ! オレは! オレはっ!」
必死に叫ぶが、何も届かない。否定すればするほど、胸の奥で何かが崩れていくような気がした。
――その時、不意に肩を揺さぶられる感覚があった。
「……様……」
誰だ?
俺を呼んでいるのか?
俺はダメなヤツなんだ……放っておいてくれ……
「……ご主人様!」
どれだけ俺が頑張っても……どうにも……ならない……
「ご主人様っ! しっかりしてください!」
「はっ!」
目を開けると、そこには心配そうに覗き込むエリーゼの顔があった。
オレは荒い息をつきながら、自分の額に汗がびっしりと浮かんでいることに気づく。
「……夢……なのか?」
自嘲気味に呟くと、エリーゼは少し困ったように微笑み、そっと冷たい布を額に当ててくれた。
「悪い夢でも見たんですか?」
「……ああ、最悪な……な……」
オレは、ぼんやりと周囲を見渡した。
そこには誰もおらず、避難してくる声も聞こえなかった。
心底ほっとしたが、あの夢の言葉が頭から離れない……
天井を見つめながら、オレは呟く。
「なぁ……エリーゼ……今までオレがしてきたことは、単なる自己満足だったのか? オレが勝手に、みんなが幸せになれると信じ込んでいただけの、余計なお世話だったのか?」
言葉を発するたびに、胸の奥がズキリと痛む。
「……すべて、無駄……だったのかな……? っ……」
オレは気づけば涙を流していた。
だけど……それでも……
オレは、布団から身を起こし、震える足を踏み出す。
「ダメだ……こんなことしてる場合じゃないっ! 畑に行かないと……」
立ち上がろうとするが、エリーゼがすぐに止める。
「ご主人様、無理はしないでください。まだ体が回復していませんよ」
けれど、オレはその手を振り払うように歩き出した。
畑にたどり着くと、目にした光景は予想とはまったく違った。
炊き出しを食べていたはずの人々が、今は力を合わせて畑を耕していた。
一人ひとりが手を動かし、地面を掘り返し、畑が作られつつある。
言葉が出なかった。オレが望んでいたことが、今まさに実現している瞬間だった。
「これ……は……?」
「ご主人様が倒れた後、一人が鍬を手に取ったんです。すると、次々とみんなが手を貸して……今では、みんなが力を合わせています。ご主人様のしてきたことは、間違いではなかったのですよ」
エリーゼは、唖然としているオレに優しく微笑みながら答えた。
その言葉に、オレの胸が熱くなるのがわかった。
オレのやったことは、無駄じゃなかった。
人々に希望を灯せたのだと、強く思えた。
気づけば、いつの間にか涙がこぼれていた。
止めどもなく流れる涙を、エリーゼはそっと包み込んでくれた。
オレ一人では何もできなかった。
けれど、みんなの力があれば、これからはどんな困難も乗り越えられる。
エリーゼが静かに囁く。
「ご主人様、よかったですね」
その言葉に、オレは堰を切ったように声を上げて泣いた。
悲しみや苦しみで流した涙とは違う――
皆が前を向いてくれたこと、自分の行動が間違っていなかったことが嬉しくて、オレは泣いたんだ。
――どれだけの間、泣いただろうか?
涙が枯れ、気持ちが少し落ち着いた頃、オレはただ無言でその光景を見守った。
胸の中で、あふれそうな感情を必死に押し込めながら。
その時、突然、一人の声が響いた。
「この世界は、俺たちの世界だ!」
声の主は、最初オレを冷たく見ていた男だった。
彼の周りには、少しずつ他の人々が集まり始めていた。
「転生者なんかに任せてなんて置けない! 俺たちだって、やるべきことがある!」
その言葉に、オレは驚きつつも、胸の奥で何かが弾けるのを感じた。
彼らの心にどんな変化があったのかは分からない。
だけど……自らの意思で前へ進もうとしている――
その変化を目の当たりにしている、わしにとってはそれだけで十分だった。
次々と手を貸し始めた人々が、耕し、種をまき、少しずつ畑が形になっていく。
その光景を見守りながら、オレは心の中で何度も繰り返した。
「みんな、ありがとう……」
エリーゼが静かに歩み寄り、少し照れくさそうに微笑んだ。
「ご主人様、みんな、前を向いてくれましたね。それを、ご主人様が成し遂げたのですよ」
オレは微笑み返し、力強く頷いた。




