神楽の願い
そんな危機的状態に、自分の嫁が陥ることを知らない青龍は、例の死獣神版釣り野伏が成功したのとほぼ同時刻に、白虎と未来と鳳凰と共に、神戸大学近くの山奥にある敵の本拠地、デミ・ミュータント開発研究所の玄関前に到着していた。
「東條さん、ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いぜ。俺はおめぇらが無事帰ってくるまで、ここで美人の宇宙人さんと一緒に待ってるからな。除け者にすんなよ?」
ここまで車で送ってくれた岩男は、助手席に座る神楽を親指で差しながら、笑顔で応えた。敵地の真ん前にいるというのに、なんとも親切で律儀なことである。
だが、その親切心も、時にはいきすぎることもある。岩男は未来を呼ぶと、彼女に小型拳銃を手渡した。
これには、彼女に手を汚させたくない青龍が、過剰に反応する。
「東條さんっ!」
「気持ちはわかる。が、お前らだって人間なんだ。何かの拍子に隙が生まれるかもしれねぇだろ? そのためのお守りだよ。こいつは」
「だからって……」
「いいの、龍。私もそれぐらいの覚悟をして、臨まなきゃ」
一度決心した未来が折れることはない。
渋々ではあるが了承した青龍は、彼女にこれを撃たせるようなシチュエーションを作らないようにしようと自らを奮い立たせた。
「では、行きましょう。龍さん、未来さん、大牙さん」
「うっす! あのマッドサイエンティストとザコ共をぶっ殺して、井川先輩を救い出しましょう!」
白虎のやる気もとっくに最高潮に達している。
このまま研究所に突っ走っていきそうな勢いだったが、あることを気にしていた人物が、そこに水を差す。
「あの! 皆さんは、姉をどうするおつもりですか?」
「姉って、黄泉さんのことですか?」
鳳凰の問いに、神楽は頷く。
「利用されているだけなら、助けてもいいと私は思うのですが」
「つっても、相手はド外道なんだろ? 道理からいきゃ、生かす価値なんざねぇだろ」
「です、よね……」
真っ二つに別れた未来と岩男の意見を聞き、神楽は目を伏せる。その様子を見た青龍は彼女の心中を察した。
「もしかして、迷っているんですか? 彼女を生かすかどうか」
「……えぇ」
殺害依頼を出していた本人とは思えない返事に、鳳凰と未来は喫驚し、岩男は呆れ果てる。
もちろん、彼女がそうした心境の変化に至ったのには、それなりの理由がある。
家族だけでなく、クローンも死に、同族を失った彼女にとって、身内である黄泉の復活は、孤独を癒す一縷の希望と感じたのだろう。
無論、それだけで長きに渡る恨みと憎しみが消えることはない。それでも許そうと思えたのは、青龍の手によって1度死に、地獄で罰を受けたこと、それと、黄泉のことを欲望に忠実なだけの幼稚な子供だと思うようになったからだ。
相手が世間知らずのガキなら、理性と常識と自制心を学ばせることで、殺戮に満ちた人生とはまた違った生き方をするはず。それを怠り、一方的に危険分子として封印したから、一族は滅んだのではないのだろうか? と。




