地獄の苦しみ
忍にとっては一世一代の大勝負。
だからといって、決着がつくまで見届けてやるほど、黒猫はお人好しではない。割り込むタイミングを虎視眈々と狙っていた。
そんな彼女の視線を、忍も背中で感じ取ったようだ。何度もぶつけ合った末に、鍔競り合いの状態になった刀を力任せに押して間合いをとると、渾身の雷神閃をくらわせた。
首や胴体を真っ二つにするには至らなかったが、右腕を覆っていた紅血の鎧を粉々に砕く。
「残念だったな。その程度では私を討つことなど――」
「はぁーっ!」
余裕と油断に満ちた言葉を遮るように叫びながら、ヨルムンガンドスラッシャーを振るった黒猫は、源士郎の右腕を斬り落とした。
切断によるダメージも然ることながら、ヨルムンガンドスラッシャーには黒縄毒が練り込まれている。
地獄屈指の毒性を誇る猛毒を傷口からモロに受けた源士郎は、穴という穴から血を噴き出し、思わず胸を押さえる。
「ぐっ、うぅっ! がはっ! な、なんだ? 視界が赤く……く、苦しい! 体が焼かれるようだ……」
「それが地獄の苦しみというものよ」
「お、おのれぇ、小娘ぇーっ!」
これまでにないほどの怒りと憎悪をぶちまけるが、逆を言えばそれぐらいのことしかできない。黒縄毒の毒性に悶え苦しむ源士郎は、地面に倒れ、のたうち回る。
「よくやったチビ猫。やると思っていたぞ」
「礼を言われるような筋合いはないわ。私はただ、私を除け者にして親子喧嘩をしてる2人に、腹が立っただけだから」
「そうか。とはいえ、いいアシストだった。あとは任せろ。お父様だけは、娘である私がこの手で――」
「誰がアシストだけで満足するって言った? この男はパパ達の仇よ。邪魔しないで」
今にも死にそうな自分をよそに、どっちが殺すかで言い争う2人。
それが我慢ならなかったようだ。紅血の鎧を解除し、全身血塗れになった源士郎は、フラつきながらもなんとか立ち上がると、
「……ふざけるなーっ! 貴様らごときに、殺されてたまるかぁっ!」
と、獣じみた雄叫びを上げた。
「な、何故だ? 何故、あの毒を浴びてなお……」
「おそらく、紅血の鎧とやらを解いたことで、大量の血液ごと毒を排出したんだと思う。けど、それも無駄な足掻き。いくら体外に排出したとしても、黒縄毒が全て抜け切ることはない。そして、僅かでも残っている限り、黒縄毒は7日かけて、あなたを死へと追い詰める。所詮、あなたのやってることは、気休め程度の延命措置でしかないの」
「それがどうしたっ! 7日しか生きられないというのなら、その7日を使って貴様らという悪を片っ端から屠るのみ! それさえできれば悔いはない! 故に私は……全身全霊をかけて貴様を討つ! でぇーいっ!」
源士郎は持てる力を振り絞り、鮮血の大太刀を振り下ろしたが、毒で焦点が定まっていないせいか、空振りする。




