父の正義 娘の正義
しかし、その凶刃が黒猫の体に触れることはなかった。夜の闇の中から放たれた1発の弾丸が、紅蓮の枷を砕き、煉獄刀を弾き落としたからである。
「これは?」
「……どういうつもりだ? 忍」
名前を呼ばれた忍は、実父に銃を向けたまま暗闇から姿を現した。
思わぬ救援の登場に、黒猫は目を剥く。
「犬飼忍……どうして?」
「愚問だな、チビ猫。お父様の首は私がとると言ったはずだ。そういうわけだから、貴様は下がっていろ。大見得を切っておきながら死にかけた情けない小娘に用はない」
相変わらずの言い様に、黒猫はムッとなる。
「忍、自分が何をしているのかわかっているのか? 実の父に、特捜5課の相談役であるこの私に、銃口を向けているのだぞ? しかも、よりにもよって犯罪者などと手を組むとは……気でも触れたか?」
「お父様。犯罪者に対して苛烈なまでの正義を貫くあなたは、まさしく、特捜5課の体現者とも言える存在でした。そんなお父様に対し、私はずっと憧れと尊敬の念を抱いてきました」
「そうか。だったら――」
「ですが! 今回の件はどう考えてもやりすぎです! 常軌を逸しています! あなたが敷島一派と手を組んでまでやったことは、最早この国の法と秩序のためなどではありません! 独善的且つ我欲に塗れた行為。すなわち犯罪です! なので……元特捜5課警視、犬飼源士郎。殺人及び傷害の罪により、成敗しますっ!」
銃を持ったまま片手で抜刀した忍は、切っ先を源士郎に向けた。その目には一切の迷いはなく、ただ己の正義のみが宿っている。
そんな娘の立派な姿を前にした源士郎は、親として微笑ましく思った。
「そういうことか。お前はお前の信念の、いや、正義のために私を誅すると言うのだな? 見事! それでこそ我が娘だ。ならば私も、己の正義をかけて相手をするとしよう。その上で、お前の正義を砕いてくれる」
「砕かれるのはあなたの方です。ご覚悟をっ!」
特捜5課をまとめる者としての信念を互いに口にした2人は、最初で最後の親子喧嘩を始めた。




