摩擦
張り詰めた空気に包まれる中、ほぼ同時に抜刀した2人は、お互いの刀をぶつけ合う。
「そう思い通りにはいかんか。褒めておこう」
「あなたなんかに褒められても、ちっとも嬉しくない」
「そうか。ならば――」
そう言って源士郎は、鍔競り合いをしている最中の刀から左手を離し、黒猫の手首を掴むと、
「これならどうだ? 犬飼流柔術・瞬獄一本背負い!」
と言って、投げようとした。
綺麗に決まっていたら、地べたに叩きつけられて全身を複雑骨折しかねなかったが、源士郎の背中と自分の体が擦れた時に、異様な熱を感じた黒猫は、咄嗟に体を捻ってすり抜けた。
「……犬飼源士郎。あなたの威圧感以外の能力って、もしかして……」
「気付いたか。ご名答。私の2つ目の能力は摩擦。擦ることであらゆる物質に着火し、空間や水以外なら自在に火を放つことができる便利な能力だ。子供にも分かるように言えば、全身マッチ男といったところか」
これが、黒猫が感じた熱の正体であり、青龍に放った火の玉の正体だった。
「やっぱりね。だったら、自分でも燃やしたら? 火葬の手間も省けるし、線香に火をつけるための蝋燭代わりにもなるから、一石二鳥だと思うけど」
「願い下げだ。この火は、自らを荼毘に付させるためにあるのではない。貴様ら犯罪者を焼き殺すためにある、いわば地獄の業火だ。故に……大人しく灰となれ、猫宮柚。焔!」
黒猫の皮肉に自らの持論で返した源士郎は、蹴るように足で地面を擦り、その摩擦で生じた炎を放った。
タネさえわかれば、対処は簡単。黒猫は、自身に迫る炎を自慢の跳躍力で躱すと、屋上にいるペガサスに合図を送って、刃槍を受け取り、心臓を貫こうとした。
しかし、それは胸まで届かなかった。源士郎が冷静に白刃取りをし、すぐさま両手でサッと擦って刃を折ったからだ。
応龍虎徹を渡された時の説明と源士郎本人の口から能力が明かされたことで、予想していた黒猫は、動じることなく着地する。
「その顔、やはり見切っていたか。如何にも。火を出すだけが摩擦ではない。私はマッチ人間であると同時に、ヤスリ人間でもあるのだ。故に、生半可な刃物など、私には効きはしない」
「でしょうね。だから刃槍を使ったの。パパの刀で確かめるわけにはいかなかったから」
「そうか。だが、同じことだ。お前にとって大事なその刀も、文字通り私の手にかかって折れることになるのだからな」
「させるわけないでしょう? あなたなんかに、パパの刀を折らせてたまるものですか」
そう言うと黒猫は、鞘から菊一文字零式・真打を抜き、構えた。
対する源士郎も、彼女の殺意に応えるように抜刀し、雷神閃の構えをとる。
「ならば、共に散れ。猫宮柚。大事な刀ごと芥となってな!」
その言葉を合図に、両者の刃は甲高い金属音を立てて激しく激突。
黒猫と源士郎の熾烈な戦いが本格的に始まった――




