業火の供花
しかし彼だけは、悲しき運命を認めていなかった。
勝ち誇る焔司郎に背後から忍び寄り、持っていたサーベルで彼の腹部を貫いたルドルフだけは。
「ぐっ!」
「どうやら、不意打ちでは全身を炎と化すことはできないようですね」
「貴様……いつの間に!?」
「先程の爆炎に紛れておりました。そこも含めて、油断大敵です」
たかがフェンシングに長けているだけの凡人。そう侮っていた相手から一撃もらったことに、強い怒りを覚えた焔司郎は、チャージ中だった鬼火爆散を放ったが、ルドルフはサーベルを抜きながら紙一重で躱した。
「お嬢様、今ですっ!」
「……ルドルフ、大儀でしてよ」
望みを繋いでくれたルドルフに、礼を言ったフローラは、膝に手をついて立ち上がると、ゆっくりと呼吸を整えてから、焔司郎を睨み付けた。
そこにはもう、生きることを諦め、弱気になっていた少女の顔はなかった。
「火口焔司郎。お母様の命を奪った罪、この炎の魔女、フローラ・ガーシュタインのフラメ・ブリューテンブラットで裁いて差し上げますわ!」
「できると思っているのか? 手負いのお嬢様。その花弁は、皮膚や物に触れないと発火しないのだろう? だったら――」
「あなたは、大きな勘違いをしていますわ」
そう言うとフローラは、両腕の火炎放射器から広範囲の炎を放って目眩ましをしてから、天高く跳躍し、ありったけのフラメ・ブリューテンブラットを散布した。
その内の1枚が、先程ルドルフが刺したことで流れた血液に反応し、発火。焔司郎は咄嗟に蛍火で相殺しようとしたが、大波に呑まれるかの如く容易く掻き消されてしまった。
この現象を見たことで、彼もようやくこの武器の本質に気付いた。
「ま、まさか、この花弁は!」
「そのまさかですわ。このフラメ・ブリューテンブラットは人の血や汗、皮膚に反応し、火にとって糧である酸素を優先的に消費する。言わば、火すら食らう炎なのです」
無論、偶然の産物ではない。火のミュータントの特性を予測していたペガサスとルドルフが、そうなるよう調合していたのである。
「火口焔司郎、確かに私は、あなたの炎に魅了されました。ですが、私はあくまで放火魔ではなく殺し屋。美しく燃えれば何でもいいあなたと違い、私は生きた人間でなければならない。何故なら、人の散り際こそが何よりも美しいからです」
「イカれているな。それでいて、とんでもないエゴイストだ」
「それはお互い様でしょう? 自分だけ真っ当だと思わないでくださいまし」
フローラからの反論と消えない炎に、焔司郎は眉間に皺を寄せるが、それどころではない。フローラが散布した残りのフラメ・ブリューテンブラットが、ゆっくりと降下してきている。
「終わりですわ。咲け、炎の華よ。儚く、そして美しく……フラメ・ブリューテンブラット、百花繚乱っ!」
フローラがそう言った直後、無数の炎の花弁は、地面や体に付着した血に反応して着火。瞬く間に焔司郎を包み込んだ。
炎に変化して逃れようにも、周辺の酸素を根こそぎ奪われてしまい、維持できない。そうこうしている間に、炎はより多くの空気を求めようと呼吸器に侵入し、体を内側から焼いていく。
こうなってはもう、声を発することすらできない。
(こ、ここまで、なのか……!? 匠、火口家はお前が………………!)
自らの死と敗北を悟った焔司郎は、息子に火口家の未来を託すと、そのまま力尽き、火の粉すら残すことなくこの世から消滅した。