炎の因縁
戦闘の最中、拘置所に背を向けた焔司郎は、1人立ち去ろうとしていた。
別に、死獣神に恐れをなしているわけではない。状況を分析した結果、自分に不利益が被ると判断したからだ。
そもそも、何故、死獣神が偽者をでっち上げてまで、釣り野伏などという不確実な作戦を用いたのか? 答えは単純明快。青龍がここにいないからだ。確認したところ、彼だけでなく、白虎も鳳凰も未来もいなかった。
だとすれば、彼らはどこに? 紗那の能力を再び使って、京介と芹の居場所を割り出し、そこに向かったとしか考えられない。
主力級2人が大将の首をとりにいったのも致命的だが、その2人と回復役を欠いてなお、この劣勢ぶり。情報が流れた時点で、敷島一派に勝ち目などなかった。
だから、彼らを見捨てて、撤退することにしたのだ。
敷島一派の存亡など知ったことではないが、沈みゆく泥舟と運命を共にするつもりはない。自分は協力者であって、幹部ではないのだから。
自らの犯行を長続きさせるために生き延びる。性質の善悪や、情の有無はともかく、見事な引き際と言えよう。
唯一、誤算があるとすれば、それは――
「お待ちなさい! 火口焔司郎!」
門から少し離れたところで、ルドルフを連れたフローラに見つかったことだ。
「これはこれは、昨日も会ったお嬢様じゃないか。こんなしがない放火魔に何かご用かな?」
「とぼけないでください。ルドルフから全て聞きましてよ」
「というと?」
全く身に覚えがないといった様子の焔司郎に、怒りを募らせるフローラに代わり、ルドルフは語り始めた。
「あなたが操る独特な炎。最初は気付きませんでしたが、焼け爛れた左目が思い出させてくれました。10年前、ガーシュタイン家の別荘を放火したのは、あなたですね?」
そこまで言われて、焔司郎はようやく理解した。目の前にいるこの令嬢と自分には、炎によって刻まれた因縁があると。
「そうか! 君はあの時助け出されたお嬢様だったのか。どうりで見覚えがあると思ったが、いやはや、ずいぶんと美しく成長したものだ」
「親戚の叔父様のような世辞はいりませんわ。それより、認めるのですね? 自分がやったと」
「あぁ。あれほど芸術的な炎は滅多にない。私の人生の中でも一二を争うほどだ。その素材となった君の別荘と母君にはとても感謝しているよ」
『感謝』という単語を口にしてはいるが、死者を悼む気持ちはこれっぽっちも感じ取れない。それがフローラの心の炎に油を注ぐ。
「そうですか……正直なことを申し上げると、こうしてあなたと会えたことを、私は嬉しく思ってますわ。あなたが生み出した火のおかげで、私は炎に魅了されたのですから」
「そうか」
「ですが同時に、私の大切なお母様の命を薪と同列に扱い、葬った。それが何よりも憎い。ですから……私が手にし、磨き上げてきたこの美しき炎で、あなたを焼き尽くして差し上げますわ!」
自らの相反する心を明かしたフローラは、正々堂々と挑戦状を叩きつけた。
「ほう、この私を超えようと言うのか。いいだろう。君の心に敬意を表し、受けて立つとしよう」
「そうやって上から目線で仰られるのも今の内ですわ。ルドルフ!」
「はい」
そう返事をしたルドルフが、隠し持っていたスイッチを押すと、高層ビル並の高さの鋼鉄の壁が、フローラとルドルフと焔司郎を囲うように、道路からせり上がってきた。




