ゴロニャン
だが、そんな旦那の真面目な気持ちに反して、柚は、
「えぇ。その方がより万人に伝わるだろうし。もっとも、今のままだと……うーん……」
と言ったのを最後に、キーボードを打つ手を止め、数秒間画面を睨みつけながら唸ると、突然、龍の膝に乗って正面から抱きついてきた。
「え!? ちょっ、急に何?」
「龍くぅん。ゴロニャンしてもいい?」
ゴロニャンとは、柚が発情した時のみ使う隠語である。意味は……皆まで言わずともわかるだろう。
突拍子もない誘いを受けた龍は面を食らう。
「え!? で、でも、執筆は?」
「行き詰まっちゃった。それに、Hなことで頭がいっぱいになって、それどころじゃない。だからお願ぁい。発散させてぇ」
柚ほどの美女に体を密着され、潤んだ瞳で懇願されては、どんな男も拒めはしない。
ましてや、嫁の性格をよく知り、断った方が数倍めんどくさいことになると熟知している亭主なら尚更だ。
「……お客さんにバレないようにしつつ、本番抜きでいいなら……」
「そうこないと。ありがとう」
渋々とはいえ了承されたことに、柚は嬉しそうにお礼を言って膝から降りると、早速、龍のズボンから手際よくベルトを抜き取った。
(はぁ……どうして僕はいつもこうなんだろう? こんなところ、雲雀や澪に見つかりでもしたら……)
渋々受けたことを今更ながら後悔する龍だったが、時既に遅し。柚がズボンのチャックを下ろそうとしたタイミングで、未来以外の嫁全員が、揃って店に来てしまったのだ。
「……まだ日も高い内やっちゅーのに、何しとんねん。あんたら」
口調はいたって冷静だが、嫉妬と怒りの炎を燃やしていることは、雲雀の表情を見れば明白だ。
それは、彼女の隣で怖い笑顔を向ける奏と、頬を膨らませる澪も同様である。
「龍ぅ?」
「ね、姉さん達! これは、その……!」
「はぁ……わかってる。どうせ柚が求めてきたんでしょ?」
状況を理解し、呆れ果てている奏の言葉に、龍は何度も首を縦に振って強く肯定する。
「柚さん。あなたももう、一流女優であり母親なんですから、精神科に行く等して、治してもらった方が良いのでは?」
「そんなことなら、とっくの昔にやってる。それより、3人もどう? 一緒に」
「ノーサンキュー。ってか、やめろ」
奏はあくまでも拒否したが、
「そう言わずに。楽しいことや気持ちいいことは、みんなでやった方がいいですよ」
返答も制止も聞かない柚は、構わず龍のズボンのチャックを下ろし、パンツとズボンをまとめて掴んだ。
これは言っても無駄だ。そう判断した雲雀と澪とアイコンタクトをとると、柚を引き離した。
「ふにゃ?」
「さっきの奏さんの言葉、聞いてなかったんか? やめろっちゅーとんじゃ。この……万年発情変態ドアホ猫ーっ!」
雲雀がそう怒鳴ると同時に、3人は息を合わせて柚を投げ飛ばした。
お約束の『ふにゃーっ!』という叫び声を上げた柚は、地面を数回バウンドした後、向かいの八百屋に陳列されている野菜の山に激突。漫画のように目を回した。
とばっちりをくらった八百屋の大将は、青山一家に対し文句を言ったが、傷物の野菜を雲雀が全部買い取るということで、お咎めなしとなった。
「ははは、やっぱりそうなるか」
これにて一件落着、と、龍は勝手に思ってるみたいだが、そんなわけがない。雲雀達の怒りはまだ収まっていないのだから。
「は? なーに、他人事みたいに言ってんの?」
「へ?」
「事情はどうあれ、柚さんの誘惑を受け入れた時点で、龍さんも同罪です」
「そーいうわけやからー……あんたも覚悟しぃや? 龍!」
3人の嫁から怒りの矛先を向けられ、詰め寄られた龍は、逆らっても無駄だと悟ったのか、反省モードの仔犬のような声を発することしかできなかった――――