ケルベロスの威圧
その頃、黒猫らの必死の猛追を止めるために、部下を廊下のところどころに配置した源士郎は、AIがハッキングで操った防衛システムの攻撃を掻い潜り、とうとう芹と奏と果林達がいる食堂まで来てしまった。
「ここか。捜したぞ」
「犬飼源士郎……!」
「怖いオジチャン! ママ達は!?」
前回、説教されたことで苦手意識があるようだ。果林と再会するなり、源士郎は舌打ちし、露骨に嫌な顔をする。
「お前もいたのか。奴らならまだ外だ。もっとも、今頃、部下達にやられているかもしれんがな」
「そんな、ママ……」
母の死を想像してしまった果林は、ボロボロと涙を流して泣き出す。
そんな娘を奏は、義母として慰めつつ、源士郎を睨みつける。
「この人でなし! 子供を泣かせるなんて、それが大人のすること!?」
「そいつが勝手に泣いただけだろう? 私は悪くない。それより、青山龍はどうした? ここにもいないのか?」
「あいつならトイレだよ。突然のいら――じゃなくて、クラスメートとの再会に戸惑いすぎて、腹下してるよ」
芹にバレないよう誤魔化すが、警察である源士郎が、2人の本当の関係を知らないわけがない。瞬時に察した源士郎は鼻で笑った。
「そういうことか。それは戸惑いもするな」
「どういう意味ですか?」
「くっくっく、これだけ言ってもまだわからんとは。無知とは愚かなことだ。まぁいい。後でたっぷりと教えてやる。敷島のところに連れ戻した後でな」
冷笑した源士郎はそう言うと、鋭い眼光で芹達をキッと睨み、周囲に殺気とは違う何かを放った。
その途端、芹や大人達は膝から崩れ落ちて動けなくなり、果林と真生に至っては気を失ってしまった。
「な、何、これ? こんなの、前には……」
面識があり、尚且つ身近なところにデミ・ミュータントの被験体がいた蒼子は、かつての源士郎と対面した時にはなかった現象に戸惑ったが、すぐにその正体に気付いた。
「まさか!」
「そのまさかだ。私も1ヶ月ほど前にデミ・ミュータントになってな。得た能力は『威圧』。威圧するだけで周囲の者の動きを完全に止めることができる能力だ。もっとも、それをはねのけるだけの精神力がある者には効かんようだがな」
だから、類い稀なる殺気を持つペガサスと黒猫と朱雀には、効果がなかったのだ。
その彼らも、そうなることを見越した源士郎が命じたデミ・ミュータント達によって足止めされてしまっているが。
「さて、ではそろそろ行こうか。井川芹」
百戦錬磨の殺し屋や兵士でさえ、膝をつくほどの威圧感。殺人経験すらない並の人間ではどうすることもできない。芹の腕を掴んで立たせようと、源士郎の手が伸びる。
この絶望的な状況に芹は、
(いや……嫌っ! また、この人達に捕まって、乱暴されるなんて、そんなの嫌っ! お願い……助けて)
「助けて! 青龍さーんっ!」
と、願いを込めて腹の底から叫んだ。