他人に汚され続ける人生
そこは大いに結構なのだが、1つだけ、どうしても気になることもある。何故、芹が今回の依頼人として関わっているのかだ。
『遺伝子操作は邪道』という風潮と、京介が犯罪者として指名手配されているせいで、デミ・ミュータント研究はお世辞にも良いイメージ言い難い。大っぴらに研究することは憚られ、世間からの知名度も皆無に等しい。
そんな研究に、ザ・一般人である芹がどうして関わっているのか? 気になった未来が尋ねると、芹は目を逸らし、少し間を置いてから、
「……私の両親は、彼らや敷島さんが生み出したデミ・ミュータントから暴行を受けて殺されたの。私は、それを目の当たりにしておきながら、何もできず、ただ……」
と、沈痛な面持ちで答えた。それだけでどんな目に遭ったのか想像に難くない。
いじめっ子がいなくなり、やっと前向きに人生を歩めるようになったはずなのに、この仕打ち。他人に汚され続ける彼女の不幸な人生に、龍は誰よりも同情した。
「それでも、どうにか隙を突いて、彼らのところから必死に逃げることができたの。あの人達の企みを知った私を彼らは放ってはおかない。必ず追っ手がやってくる。そのせいで、元の生活に戻りたくても戻れなくなってしまった。そんな時に手を差し伸べてくれたのが、久保田さん達だったの」
「話を聞いたら青龍の名前が出てきたし、只事じゃなさそうだったからな。帝虎さんとお嬢さんに事情を説明して、匿ってもらうことにしたんだ」
だから、帝虎ら雷ファミリーは芹の事情を知っていたのだ。見ず知らずの少女を助けるとは、硬派な十三にしては珍しいこともあるものだ。
ただ、その人助けのせいで、彼らは巻き添えを食らうハメになってしまった。
雷ファミリーのところで匿ってもらってから2週間ほど経ったある日、知らぬ間に居場所を特定されていたらしく、京介の私兵部隊がアジトを襲撃してきたのだ。
飛鳥と雷ファミリーは必死で応戦したが、相手は全員デミ・ミュータント。どんなに身体能力が高くても、強化手術すらしていないただの人間では劣勢は免れず、彼女達は撤退を余儀なくされた。マフィアの下っ端を大勢犠牲にして――
「それで、今度はペガサスに匿ってもらい、彼や東條殿の助言を受けて、依頼とすることにしたんじゃ」
「そういうことだったんですね」
「で、どうすんだ? 受けるのか? 受けねぇのか?」
元とはいえ、ここまで聞かされて断る殺し屋がどこにいるだろうか? 旧死獣神のメンバーと協力者達は、アイコンタクトで互いの気持ちを確かめ合った。
「……東條さん。1つだけ質問していいですか?」
「あ? なんだ? ネコの嬢ちゃん」
「あなたはいいんですか? 犬飼源士郎は親友なんでょう?」
柚の問いに対し、岩男は残念そうに、煙混じりの溜め息を吐いた。
「……そんだけのことをあいつはした。飲み友は減っちまうが仕方ねぇ。かまわずやってくれ」
それさえ聞ければ十分だった。躊躇う必要が無くなった柚は、武文に参加の意思を示した。




