未来とは
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の最後の戦いを描いた物語。
未来。それは、可能性によって分岐した世界の果てにある終着点。
生物、特に人間や天使等といった高い知能を持つ存在なら、誰しも1度は想像し、『こうなってたらいいな』と夢見たものである。
これは、かつての死獣神メンバーとその関係者、そして、1人の人物の未来を賭けた最後の戦いの物語である――――――
平成21年7月26日。聖民党が起こしたテロ事件から2ヶ月近く経ったこの日、【刃物屋 龍】は開店前から客が並び、行列を背にした店主が情報番組の取材を受けるほど繁盛していた。
というのも、例の一件によって素性がバレたことで、『最強の殺し屋が作った刃物なら、きっと品質が良いに違いない』という妙な箔がついたのだ。
おかげで閑古鳥から一転、ご覧の儲かりっぷりである。
ちなみに、こうした反響は龍だけではない。
奏は元天才ピアニストだと知れ渡ったことで入会者が激増し、未来はより大きなプロジェクトを任せてもらえるようになった結果、弱冠18歳で課長に昇進した。
澪と雲雀の方は変化こそ小さいが、嫌な思いはしていない。それどころか、商店街やママ友から頼りにされているほどだ。
まさに良いこと尽くめ。青山一家は今までにないくらい幸せで充実した毎日を送っていた。
そんな日常の1ページに過ぎなかったこの日の昼前。大勢の客の相手をし、仕事が一段落ついた龍は、いつも座っている椅子に腰を下ろした。
そこへ、彼の妻がお茶を持って、奥の部屋から出てきた。
「お疲れ様」
「あ、ありがとう柚。おかげで助かったよ」
先程の近況報告で唯一名前が挙がらなかった柚である。
毒島文太が広めたスキャンダルのせいで、一時は女優生命が危ぶまれた彼女だったが、謝罪会見での真摯な態度が評価され、現在も売れっ子女優として活動している。
「看板娘ぐらいお安い御用だよ。執筆の片手間でもできるし」
オフの日を利用して龍の手伝いをしていた柚はそう言うと、持参してきたノートパソコンを開き、カタカタとキーを打ち始めた。
「執筆? そういえば、ここのところずっと、それと向き合ってるみたいだけど、何を書いてるの?」
「私達の過去を基にした自伝だよ。タイトルは【死獣神】。この国の人達に、私達のことをもっと知ってもらいたくてね」
「そっか。実写化されるぐらいベストセラーになったらいいね」
こんな形で、柚が世間に対して自ら過去を明かすとは思わなかったが、黒歴史として封じ続けるよりはずっといい。龍は柚の新たな夢を心から応援した。