災い
「災い‥‥‥?」
響の悪い言葉に、背筋がぞくっとして、冷や汗が出る。
不定期で起こる災いって、地震とかそういう自然現象的なものしか思い浮かばないけど、聖女とかいう「人」の力で抑え込めるようなものなのだとしたら、自然現象ではないのだろうか。
でもだとしたら一体どんな‥‥‥。
「数百年に一度起こるというその災いは、何らかの原因で魔力の根源が暴走し、世界中に魔力が満ちて、もともと魔力が少なかった、もしくはそもそも持っていなかった動物や人間が、その魔力に毒されることで起きるらしいわ。1つ前に起きた災いは200年ほど前で、多くの人間が空気中に蔓延しすぎた魔力に毒され、倒れていった。元々魔力量が多い人はある程度耐性があるのだけれど、魔力を持っていなかったり魔力量が少ない庶民にとっては、魔力が充満した空気を吸うのは体に毒なの。水や食料にも魔力が浸透していって、それを食べた動物が魔獣に変わり、世界中の動物が魔獣化し暴走、集落や下町、王都まで襲い、一体何人の人が亡くなり、どれだけの家や建物が壊され、幾つの国が消滅したのか‥‥‥その被害は明確には伝えられていないわ」
「災い」の一文字では表せないくらいの、想像以上の惨劇に、わたしは言葉を失った。
光の魔力を持つわたしがこの世界に現れてしまったってことは、その災いが近いうちにー‥‥‥。
「魔力が浸透した水や食料を食べたら動物が魔獣化するのなら、人間も、魔力がなかったり魔力量が少ない人も、それを飲み食いすれば魔力量が増えて魔力耐性がついたりするんじゃないの?」
完全フリーズし、頭が真っ白になっていたわたしは、すぐ隣から律の声がきて我に帰った。
こんな話を聞いた後に、冷静に質問できる律って本当に何者なの。
「そうはならないわ。魔力は、魔力を持っていない人にとっては毒でしかないの。体内に取り込んではならないものなのよ。元々おとなしかった普通の動物が、魔力を取り込むことで魔獣になると、さっきも言ったように暴走する。魔獣イコール暴走する動物というわけでは決してなくて、元々体内に魔力を持って生まれた魔獣はおとなしい穏やかな魔獣がほとんどで、人間を攻撃することは滅多にないわ。だから、魔獣になったから暴走しているんじゅなくて、あくまで、身体が受け付けないものを取り込んでしまった動物が、苦しくて自我を保てず暴走してしまう、ということよ。しかも魔獣化して強くなっているから、その暴走はなかなか止められない。取り込んだ魔力に内側から侵食され、体力が尽き命が終わるその瞬間まで、暴れ続けるそうよ」
「えっ‥‥‥とじゃあ、魔力のない人間が魔力が体内に魔力を取り込んだら‥‥‥」
「魔術の使い方も学んでいないから、体内に入った魔力に徐々に体を蝕まれて、苦しんで苦しんで、最終的には死にいたる‥‥‥都市伝説にはそう書かれていたわね。中には、取り込んだ魔力をなんとかして排出しようとした方もいたようで、やり方もわからないのに魔術を当てずっぽうに使い、二次被害が‥‥‥なんてことも聞いたことがあるわ」
「‥‥‥うっ」
その時の情景を想像したら、吐き気がして、慌てて口を押さえた。
この穏やかな街が、苦しみ悶える魔獣に、生きたいと願う人間に、壊されていく。
「咲久!大丈夫?!」
「だ、大丈夫‥‥‥ちょっとびっくりしたっていうか、想像以上だったっていうか‥‥‥」
その災いを止められるのはわたしだけってこと?でもそうやって?わたしまだ魔術の使い方何も習得してないし、今回のわたしの浄化の件だって記憶ないし‥‥‥。
律が渡してくれた水を、青白い顔で受け取って一気に飲み干す。
「ごめんなさいね、折角の楽しい打ち上げだったのに、こんな話をしてしまって。でも、咲久ちゃんが光の魔力を持っているってわかった以上、すぐにでも伝えておかないといけないと思ったの」
「まあ、突然こんな話をされても訳わかんねえだろうし、あくまでこれは都市伝説だ。本当に災いが訪れるのかも、来るとしたらいつ来るのかも、そもそも本当に咲久ちゃんが聖女とかいうやつなのかも、明確にはわからねえしな。今はあんま深く考えすぎずに、明日からも引き続き俺らと冒険者やっていこうぜ。周りには光の魔力所持者ってことはぜってえにバレないようにするんだ!いいな?!」
「あっ‥‥‥は、はい‥‥‥でもー」
本当にそれでいいんだろうか。
今の話を聞いて、深く考えるなと言われても難しすぎる。
「ごめん、言いづらいんだけど‥‥‥」
気まずそうに手を挙げたのは、サックだった。
全員の視線がサックに集まる。
もう何も悪いニュースは聞きたくないと思いながらも、わたしも恐る恐る彼を見る。
「あの日、僕たちのパーティーを空からずっと監視していた女の子がいたんだ。あれだけ長い間空に浮いてられるということは、おそらく相当な魔力量持ち‥‥‥貴族街の人間だと思う。浄化の時は緊迫していて僕も意識が朦朧としていて確認出来なかったんだけど、もしその時まだ監視していて、浄化の様子を見られていたとしたら‥‥‥」
わたしが聖女であることが、バレたかもしれない‥‥‥?
監視していた少女、と聞いて、わたしが真っ先に浮かんだ顔はただ1人。
わたしたちを転移者だと見抜いて調査しているっぽかったあの子、ギルドで会ったレミだった。
お読みくださりありがとうございます。
今回99話目、次話で100話目です!わーいすごい!
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます!




