無茶苦茶
アンリーヌの少し暗くなった表情が気に掛かる。
そういえば、わたしが意識の途絶える前に見た走馬灯のような状況が現実だったとしたら、律は倒れていたはずだ。
だとするとまさかー。
「アン姉!もしかして律、危ない状況なの?!」
「‥‥‥!違うわ、咲久ちゃん。ごめんなさい、不安にさせるような態度とっちゃったわね。律ちゃんは無事よ、安心して」
アンリーヌが、早とちりして取り乱すわたしを慌てて宥める。
良かった‥‥‥無事なんだ。
だとしたらあの地獄のような映像も、やっぱりただの夢だったんだ。
それにしても律、無事ならなんでわたしの側にいてくれてないんだよ‥‥‥。
わたしは死にかけて、律と離れるかもってめっちゃくちゃ不安だったって言うのに。
「‥‥‥なんでいないんだよ律のあほ」
「あら?うふふ、目覚めた時にいるのはザースや私じゃなくて、律ちゃんが良かったかしら。そうよねえ」
「ああ?悪かったな目覚めたら俺で!ええ?」
「あ、違っ‥‥‥そんなんじゃなくて!ただ頭おかしいくらい過保護な律のことだから、わたしがそんなに危ない状況になってたら、目覚めるまでわたしの側にずっといてくれるって思っ‥‥‥ああもう、やっぱなんでもない!」
ザースが舌打ちをして、アンリーヌは心底楽しそうに笑っている。
「アン姉笑わないでよ、ほんとに違うから!それで!律は結局どこで何してるの!」
わたしは赤くなった顔を毛布で隠しながら、少しキレ気味でアンリーヌに聞く。
アンリーヌは「そうだったわね」と言って、視線を右に移して言った。
「隣の部屋で眠っているわ」
反射的にわたしも右を見てしまったけど、隣の部屋はここからは見えず、視線の先には冷たいコンクリートの壁しかない。
ちょっと待って、眠っている?あの律が?
睡眠を取らなくても平気な体になったとか言って、こっちの世界に来てからほぼ眠っていなかったような律が、よりにもよってわたしがこんな危機的状況な時に眠るだろうか。
それも、ザースの研究室で。
「何があったかざっくり説明するわね」
状況把握が追いつかないわたしを見兼ねて、質問をする前にアンリーヌが話し出してくれた。
「咲久ちゃんに飲ませる解毒剤の確保を早急にしないといけない状況でね、一刻も早く解毒しないと、もういつ死んでもおかしくないって状態だったの。でも、高価なだけならどうにでもなったのだけれど、解毒剤って注文してから手元に来るまでどれだけお金を積んでも最低三日はかかるような貴重なもので、正規のルートで手に入れて咲久ちゃんを助けるのは不可能だった。この国の数少ない薬剤師は皆、貴族の直轄で、貴族からの注文を優先するせいで、平民の手にはなかなか届かないのよ」
「酷すぎるだろこの国!」と突っ込みたいところをグッと堪えて、アンリーヌの話の続きに耳を傾ける。
「となると、解毒薬をすぐに購入できる場所は、唯一ここ、闇市しかないってなってね。サックが、闇市在住歴の長いザースなら、闇市の薬剤師の伝手があるかもしれないって提案してくれて、それを聞いた律ちゃんが咲久ちゃんを抱き上げて、それはもうとんでもないスピードで闇市まで走っていって‥‥‥私達でも追いつけないくらいの速さで」
「あの女怖すぎだろ。急に現れたと思ったら、俺に、解毒薬をよこせ、なくてもよこせ、ないなら伝手をだせ、出さないようなら‥‥‥わかってるよね?って、謎の黒いもやを纏いながら顔を覗き込んできやがって」
無茶苦茶すぎる‥‥‥律らしい。
後でちゃんと律と2人でザースに謝ろう。
「俺は薬は専門外だからな、薬師の伝手に頼んで解毒薬をもらってお前は助かった訳なんだが、まあ闇市の薬師だ、無償で譲ってくれるなんてことはねえ。そん時に薬師に交渉を持ちかけられたら、あの女、黒髪を見せびらかしながら、自分の魔力を今体内にあるだけ全部提供してやるから、解毒薬をよこせとか言い出しやがって。黒髪を見た薬師は大興奮、交渉は成立したってわけだ」
「え、体内にあるだけ全部?!でも魔力は体力で生命力だから、抜きすぎるとまずいんじゃ‥‥‥」
「全部抜いても構わないから咲久を助けろと言う律と、容赦無く全部抜こうとする薬師。魔力提供中に飛び込んで、薬師を止めてくれたのは、ザースなのよねえ」
ー‥‥‥!!
わたしが感激の視線でザースを見ると、ザースは目を逸らして舌打ちをした。
「あの女には、俺に魔力提供をし続けるっつう義務があんだ。魔力定着の時の契約を忘れたとは言わせねえ。だからあいつが死んだら俺の研究にも響く、だから俺は俺の利益のために助けた。それだけだ」
「もしそうだとしても、ありがとう、ザース!律を助けてくれて」
頭を下げたわたしに、ザースはビクッと体を揺らすと、居心地が悪そうに背中を向けて言った。
「あーもう気持ちわりい!お前らのためじゃねえっつってんだろ!それに、俺が止めたにしてもそん時既にかなりの量の魔力を取られてたからな。あの女、丸一日眠り続けてやがる。お前が行ったら起きたりしてな。右隣の部屋だ、邪魔だから早く行け」
ザースに言われて、もう一度深々と頭を下げた後、わたしは隣の部屋へ急いだ。
お読みくださりありがとうございます!
この回で律と会わせるつもりが、咲久が眠っている間の説明で終わってしまいした。
次話、やっと再開させられます。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます!




