緊迫
「咲久はーむぐっ!!」
頭に血が上り、飛びつくようにユユに咲久の居場所を問い詰めようとしたところを、アンリーヌに止められる。
「律ちゃん、そんな怖い形相をユユちゃんに向けちゃだめよ。ここは私に任せなさい。またさっきみたいに1人で突っ走る気なのかしら?」
「ーっ!‥‥‥はい」
アンリーヌに宥められ、錯乱する自分の心を無理やり沈める。
「ユユちゃん、咲久ちゃんがいた場所、教えてくれるかしら?」
「‥‥‥っう、うん、ぐす‥‥‥っ、あそこに大きな木が見えるでしょ?あの木の向こうがわにいた」
「本当?アン姉、お願い、行っていい?いいよね?行かせて」
私は木の方に体を向け、すぐに走り出せる体制を整える。
「待ちなさい、一緒に行くわよ。ユユちゃんは眠っていて動かないと言ったわ。息があるのなら、サックの魔術具と私の回復魔法で大抵の傷は治せるわ。ヨナとサックは、ここでユユちゃんの護衛をお願い。ユユちゃんが落ち着いたら、集落まで送り届けてあげてちょうだい。律とサックと私は咲久ちゃんのところへ向かうわ」
ゴルドとヨナが頷くと、私たち3人は全力疾走で目印の木目掛けて駆け出した。
「深すぎる傷だったら私でも厳しいわよ。サック、良い魔術具持ってきているんでしょうね」
走りながら、アンリーヌがサックの方を肘でつつく。
「誰に言ってるんだよアンリーヌ、僕の魔術具なら、息さえあれば瀕死状態でも助けられるよ。だからお願い、生きててよ、咲久ちゃん」
「‥‥‥!見て2人とも、あれ咲久の足!」
木の向こうに、横たわる咲久の足が見えた。
私は茂みをかき分けて、障害物になる木はへし折る勢いで押しのけて、咲久の元へ一直線に向かった。
「咲久!!ーっ」
ようやく咲久の顔が見れた、と思う隙もないほどの衝撃だった。
咲久の腹から、大量に流れ出た血で、咲久の周りは真っ赤に染まっていた。
咲久は動かない。
苦しそうな顔のまま、目頭に涙が残ったまま、動かない。
あの日、地震がきた日、目の前で咲久が蛍光灯に潰された記憶がフラッシュバックする。
絶対に咲久を守るって誓ったのに‥‥‥私は咲久を守るためにこの世界にいるはずなのに。
また、同じ過ちを繰り返してしまった。
「咲久!ねえ咲久!!」
「律ちゃん、咲久ちゃんの呼吸を確認して!サック、魔術具の用意!」
アンリーヌがすぐさま咲久の前に膝をつき、回復魔法をかける。
私は咲久の口に耳を近づけ、首に指を置き、必死に呼吸を確認する。
「どう?!律ちゃん!」
「‥‥‥ある、かなり弱いけど、ある!」
「よしきた!それならあとは僕の魔術具で体力を回復させつつ、アンリーヌの治癒魔法で傷口を塞げば大丈夫だ!かなり出血したから意識が戻るのは時間がかかるかもしれないけど、絶対に完治するはずだよ」
数十分に渡るアンリーヌとサックのダブル治癒は続き、ついに咲久の傷は塞がった。
目は覚さないけれど、もう少ししたら意識が戻るだろう。
私は眠っている咲久を強く抱きしめる。
「よかった‥‥‥」
「あと少し遅かったら危なかったわね。本当によかったわ。律ちゃん、悪いけど、咲久ちゃんの身体の調子を確認したいから、ちょっとだけいいかしら?」
「あ、ああうん」
慌てて咲久をアンリーヌに引き渡す。
咲久の胸の辺りに手を当て、目を瞑って何やら確認していたアンリーヌは、ゆっくりと目を開けた。
その顔に、焦りと困惑が見える。
「‥‥‥アン姉?」
「どうした?もうちょっと体力回復必要ならー」
「違うわ」
再び魔術具を準備しようとするサックの声に重ねるように、アンリーヌは低い声で言った。
嫌な予感がする。
気持ち悪い、冷たい汗が背中を流れる。
「言いづらいのだけれど、咲久ちゃん、呼吸が弱いままだわ。それも、どんどん弱ってきてる」
「え、は‥‥‥」
どういうこと?
傷は治って、体力も回復して、それで、もうすぐしたら目を覚まして、完治するって‥‥‥。
混乱でうまく声が出ない。
「傷は完全に塞がったのだけれど、おそらくあの魔獣、毒を持っていたんだわ。あの咲久ちゃんの腹部の大きな傷、あの魔獣の爪にやられたものね。あの傷から、魔獣の毒が咲久ちゃんの体内に入って、今咲久ちゃんの身体を徐々に蝕んでいる。毒を持つ魔獣は、爪か血液に持っていることが多いの。これはまずいことになったわ」
「毒は、回復魔法ではどうにかできないの?アン姉!」
「私の回復魔法は、あくまで傷を治す魔法よ。サックの体力回復の魔術具も、いくら体力を回復したところで体内の毒素を排出しないことにはただの時間稼ぎにしかならないわ。病気や、ましてや毒となると、専門外なの。解毒薬を飲ませる以外に方法はないわ。でも、解毒薬は貴重で、なかなか手に入らないの。サック!サックの伝手で、薬師がいたりしないかしら?」
「薬師はいないけど、解毒剤を持っている奴なら心当たりがある!そいつに頭を下げればー」
「おい!アンリーヌ!サック!律!」
緊迫した状況の中、ゴルドとヨナが走ってきた。
その腕にはユユを抱えている。
「やべえことになった。ユユちゃんがあの魔獣を刺しただろ?!最悪なことに、その時流れた血に毒素が含まれていたみたいだ。ユユちゃんが毒素に当てられちまった。まあまあ離れてるからまだ平気だろうが、このまま毒素が広がれば集落の住民もあぶねえ!」
お読みくださりありがとうございす。
かなりカオス回でした。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます!




