広まる噂
小さな窓から差し込んだ朝日が、寝ているわたしの瞼を貫いてくる。
「うっ、眩しい‥‥‥暑い‥‥‥」
もそもそと起き上がり伸びをすると、隣のベッドに視線を移す。
ー寝ている‥‥‥律が寝ている!
こっちの世界に来てから、律がまともに寝ているところを見るのは初めてかもしれない。
流石に不眠不休で動ける体というわけではないみたいだ。
わたしは、起こさないようにこっそり律の寝顔を覗き込む。
ー‥‥‥憎らしいほど綺麗な寝顔だな。
まつ毛長‥‥‥鼻筋きれい‥‥‥唇‥‥‥あああじゃなくて、そんなことどうでもよくて、朝っぱらからまた何考えてるんだわたしは!
キスしそうになった昨日の記憶がフラッシュバックしてきて、わたしは慌てて律から離れる。
「トイレと洗顔行きたい‥‥‥けど、せっかく寝てるのに起こしちゃ悪いか。まだ起きるには時間早いし」
わたしは音を立てないようそっと扉を開けて、部屋を出た。
このアパート内を1人で出歩くのは何気に初めてだ。
頼むから誰にも出会しませんように。
まあ律のせいというのかおかげというのか、住人たちはみんなわたしのことを警戒して近寄ってこないんだけど‥‥‥。
トイレにも洗面台にも誰もいなくて、ひとまずほっとする。
よし、さっさと用事を済ませて帰っー
ーこつ、こつ、こつ‥‥‥あははは
足音‥‥‥!と、話し声‥‥‥?
ーキイ、バタンッ、ガチャ。
なぜか反射的にトイレの個室に隠れてしまった。
別に会って「おはようございます」って会釈くらいすればいいのに。
こういう咄嗟な行動で、自分の陰キャぶりを実感して虚しくなる。
「そう、今日は服でも買いに行こうと思って〜、ほら、昨日の討伐報酬出たからさ」
「あらいいわね。私も一緒に行っちゃおうかしら」
あー‥‥‥キラキラ女子だ。
姿を見なくても、声の高さやイントネーションから伝わるこのオーラ。
どこの世界にもいるんだなあ、やっぱり。
‥‥‥いなくなったら出よう。
けどメイクとか初め出されたら、数十分は洗面台から離れないのでは‥‥‥。
あああもう、わたしは顔を洗いたいだけなのに。
もうサッと出て、洗顔は諦めて戻るかー
「ってか、この前来た黒髪とチビボブみた?」
「あーね。みたみた。なんか騒ぎ起こしたんでしょ?黒髪の方が。アタシその日リビングルームにいなかったんだけど、昨日アンリーヌたちと帰って来てくる2人見かけたわ」
‥‥‥わたしらの話始めた。
いや、嫌な予感はしたんだよね、シチュエーション的に。
便所から出れない、最悪だ。
「あの2人の着てた服さあ、あれ相当いいもんだよ。サランナんとこのじゃない?」
「え?!限られた人しか購入することさえ許されないんでしょあのブランドって。あの2人何者?!」
高いだろうとは思っていたけど、そんなにすごいブランドだったのか‥‥‥。
今日から冒険者の活動が始まって、きっと街の外へも出るだろううから、汚さないように気をつけないとな‥‥‥。
っていうか、今気がついたけど、わたし寝る時の服装のまま出てきてしまった。
日本から来てきた半袖Tシャツ1枚で、お尻が隠れるくらいの丈があるし寝るだけからズボンも履いてない。
別に洗面台の2人に悪口を言われているわけではないから、出ようと思えば出られるなとか思ったけど、この服装でキラキラ女子に会う勇気はない。
「いやもう、ただもんじゃないよ。てか昨日ぐらいから、2人のこと聞き回ってる女の子いるの噂になってんの知ってる?髪色めっちゃ濃くて、相当な魔力の持ち主みたいなんだよね」
「何それ、貴族のスパイ的な?」
「だったりして!私も昨日話しかけられてさあ、例のその女の子に。同じアパートに住んでますよね?って。どんな情報でもいいから教えてくれって、金貨渡されたの!」
「は?!金貨?!」
全身に鳥肌がたった。
私たちのことを聞き回っている女の子‥‥‥おそらく、いや絶対にレミだ。
しかも、このアパートに住んでいることももう知っている‥‥‥?
昨日の今日で、既に追い詰められてるんじゃ‥‥‥。
しばらくして、彼女たちの足音と声が洗面台から遠のいていった。
ーキイ‥‥‥。
わたしは恐る恐るトイレから出て、誰もいないことを確認すると、震える手で顔にバシャバシャと水をぶっかけ続ける。
‥‥‥まずい、これは本当にまずい。
早くアンリーヌに報告ー
「んぶっ?!」
ーその時、誰かに肩を叩かれた。
絶対レミだ。
顔を上げちゃ、ダメだ。
お読みくださりありがとうございます!!
四日目は重めの始まりになりました。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます!!




