起伏する感情
咲久の寝息が聞こえてくると、私はいそいそと自分のベッドから降りて、咲久を起こさないように、彼女のベッドの脇にそっと座る。
あんなに私のことを警戒していたのに、今は無防備に両手を上げて、安心しきった表情で眠っている。
ー…あー、可愛い。
咲久の頭を撫でながら、もっと触れたいという衝動を抑える。
咲久の反応や、周りの反応をみていれば分かる、こっちの世界にきてからの私は咲久に対して過保護すぎた。
過保護というか、重いというか……異常なほど、咲久に執着しているということに、自覚はしている。
でも、どうしても感情が抑えられない。
咲久が他の人と仲良くしているのを見るだけで嫉妬が湧いてくるし、咲久が誰かに触れられてる時には、もう怒りと独占欲が止まらなかった。
だって仕方がないじゃないか。
咲久は、隙がありすぎるうえ流されやすいから、目を離したらふわふわ〜っとどこかへ行ってしまいそうで気が気じゃない。
特にあの、ギルドで咲久にだけ接触していたあの女……あの女に接触してから、咲久の様子が明らかにおかしかった。
不安そうな表情を見るに、きっと何か良くないことを言われたに違いない。
咲久、赤の他人の言うこと、すぐ信じるからな。
何を言われたのか、咲久が私に教えてくれなかったことも引っかかる。
レミとかいうあの女、絶対にまた咲久の前に現れるはず。
その時はとっ捕まえて、咲久に接触してくる目的を聞き出してやる……絶対に。
まずい、これ以上考えると、またあの黒いモヤがでてきてしまうかもしれない。
私は深呼吸をして、咲久の寝顔をみながら彼女の頭を優しく撫でた。
「おやすみ、咲久」
***
貴族街、転移者管理棟、管理官室。
深刻な顔のタカノと、彼によって集められた5人が向き合っている。
「集まってもらった理由は、分かっていると思うが、頼んでいる消えた転移者2人の調査の件だ。どうだ?何か進捗はあったか?どんな些細なことでもいいから、教えてほしい」
タカノの顔に、焦りが見える。
莫大な金と魔力を消費した重大な魔術を失敗したとなれば、責任者として社会的に……最悪物理的に消される可能性があるのだから、当然だ。
なんとしてでも、この世界にきているはずの転移者を、この場所へ連れてこなければ。
「あー、悪い。なんもなかった」
「わ、わたしも、何も……」
「こっちもですね。森の方も探したんだけどな」
「右に同じ。ふわぁ〜ああ。ねみ」
4人の答えに、タカノは肩を落とす。
「そうだよな、まだ1日目だしな。大変だとは思うが、引き続き調査を続けてほしい。頼む、お前たちだけが頼りなんだ」
「が、がんばります!」
「俺も明日はもっと捜索範囲広げますね」
「はいはーい!ねぇちょっとー?」
本日は終わりモードに入りかけた時、最後の1人が手を挙げた。
「タカノんのためにー、体を張ってー、うち、頑張ったんだけど?」
「なっ……まさか、手がかりが見つかったのか?!」
ナカノは、椅子からガタンと立ち上がり、前のめりになる。
「手がかりってか、ほぼ確。転移者の子ともお話したしね〜、今日」
最後の1人……レミは、そう言って鼻を鳴らした。
「は?!それガチなのか?!」
「それが本当なら、なんで連れてこなかったんですか」
「た、確かに、本当に話したなら今いっしょにいるはず、です!」
レミは、「それがさぁ〜!」と言って、わざとらしくため息をついてから続ける。
「転移者、2人いたんだけど、なんとね……なんとだよ!魔力定着完了しちゃってたのさ。しかも、冒険者登録も済ませて、パーティーにも所属しちゃったっぽいんだよね」
レミの言葉をきいたタカノと4人は、顔を見合わせて呆れた声を漏らす。
「それは、転移者じゃないだろうな」
「レミさん、転移者が魔力定着も冒険者登録もできるわけないですよ」
「そうだぜレミ。なんでその2人が転移者だって思ったんだ?有り得ねぇよ」
レミは、ちっちっち、と口を鳴らして、ドヤ顔で言う。
「話しかけた時のあの反応は、絶対に間違いない。それに、魔力定着をしてるとはいえ、突然現れた黒髪少女……あの2人が入ったパーティーはこっちでも超優秀ってことで有名だし、パーティーのメンバーに協力してもらっちゃえば、魔力定着だって不可能じゃないはず。けどさー、転移者って証拠が不十分で連れて来れなかったってわけ」
タカノは、顎に手を当てて眉間に皺を寄せてしばらく考え込むと、顔を上げた。
「なるほどな……確かに可能性はある。よし、明日は5人とも、その2人の調査を頼む。今日は解散だ!レミ、でかしたぞ」
少しほっとしたようなタカノの表情と、レミのドヤ顔で、この日は解散となったのだった。
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次話からようやく4日目に入ります。
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