お風呂事情3
身体も洗い終わり、早速4人で浴槽へ向かう。
浴槽は、疲労回復魔術がかかっていることで白く濁っていた。
わたしの知っている温泉は静かに入るイメージだけど、ここは1つ大きな浴槽に大人数が浸かっているからかプールかと思うくらい賑やかだ。
疲労回復風呂は価格も手頃らしいし、街の人たちがわいわい入るのにはぴったりなんだろう。
お高いお風呂の方は人も少なくて静かで、雰囲気も全く違うのかな。
ゆっくり入りたいって気持ちは拭いきれないけど、一文無しのわたしがそんなお風呂に入ることは今後もきっとないし、わたしの知っている温泉の記憶はもう消して、お風呂はこういうものだと思おう。
高望みは良くない、きっとすぐ慣れる。
「ほらほら、咲久ちゃんたちも早く入りなさーい」
わたしがぶつぶつと考えごとをしているうちに、いつの間にかに浴槽に入っていたアンリーヌに呼ばれる。
そっと足を入れて、じゃぶんっ、と中に入った。
ーはあああー‥‥‥気持ちいい。この瞬間を待ってた。
「咲久、顔緩みすぎ」
「うふふ、咲久ちゃん良い表情ね。やっぱりお風呂はいいわねえ」
「わかる。ヨナも、お風呂好き」
「ええ、そんなに顔に出てた?!」
3人に大きく頷かれて、わたしは恥ずかしくなって顔の半分までお湯に浸かってぶくぶくと音を鳴らした。
すぐ顔に出るの、本当にやめたい。
「確かこの辺に〜‥‥‥あった、ここに椅子があるわよ〜」
ずっと、何やら手探りで浴槽の中を探していたアンリーヌが、わたしたちに手招きをした。
浴槽の中に椅子があったのか、濁ってるから全然気がつかなかった。
「ありがとアン姉。にしても分かりづらいね、椅子の場所」
「大体は浴槽の端が座れるようになってるんだけど、こんな大きな浴槽でしょう?端っこばかりに人が集中しないように、バラバラに椅子が設置されているのよ」
「へえ〜‥‥‥んぶっ!」
なるほど、と感心しながら3人の後に続いて座ろうとしたが、あるはずの椅子に何故か座れず、重心を保てずそのままドボンと頭まで浸かった。
ーえ?椅子は?!みんな座れてたよね?
わたしは慌ててお湯から顔を出す。
「咲久ちゃん、大丈夫?!」
「咲久!生きてる!?」
「あっ、だ、大丈夫‥‥‥ゲホっ」
「この椅子3人掛けじゃない?咲久はみ出ちゃったんだよ」
ー‥‥‥いじめか、いじめなのか?
ゲホゲホとむせながら、わたしは3人に背を向けた。
「じゃあわたしは、他の椅子探してくる」
これで1人でのんびり入れるし、結果的に良かったかもしれなー
「何拗ねてんの咲久、戻ってきな」
「拗ねてないわ!」
あまりにも見当違いなことを言う律を睨む。
「椅子ないんでしょ、わたし座りたいもん。だからー」
「椅子ならあるよ」
「どこに!」
「ここに」
見ると、律が自分の膝の上をポンポンと叩いていた。
「誰が座るかー!!」
「こら!咲久ちゃん、響くわよ」
「あ、ごめ‥‥‥だって律が‥‥‥もう、やっぱり別の椅子探す!」
「待って」
再び背を向けようとした時、ヨナが私の腰を掴んだ。
「ひあっ?!だからなんで腰?!」
「向こう向いちゃいそうだったから。4人で座れるでしょ、つめて座れば」
「ええ‥‥‥でもー」
「そうよ、ヨナのいう通りだわ。ほらほらつめてつめて」
ああ‥‥‥せっかく1人でのんびりできると思ったのに。
でもまあ‥‥‥もちろんわたしだけ別の場所に座るってのは、ちょっと、本当にちょっとだけ悲しくなかったわけではないけど。
わたしは自分でもよくわからない複雑な感情を悶々と抱きながら、今度こそ椅子に座る。
座れ‥‥‥たはいいけどー
「あの、きつくないですか‥‥‥」
「きついわねえ」
「ヨナ、思うんだけど、アンリーヌのお尻が大きすぎるんじゃない?」
「ま‥‥‥!!ヨナ?怒るわよ?くすぐるわよ?」
「え、やっ、やだ、冗談だし!」
「ちょっとヨナ、動かないで、椅子から落ちるってば!」
ヨナがアンリーヌから逃げようと体をそらすと、ギリギリ椅子に収まっていたわたしの身体が押し出されそうになり、ヨナがギリギリのところでわたしの身体を抱き寄せてくれた。
「ごめん、押した」
「あああうん、ううん、ありがとう」
抱き寄せられている、裸の美少女に‥‥‥。
温泉の水が振動しそうな程、心臓が音を立てる。
温泉が沸騰しそうなほど、顔が暑い。
「あの、ヨナ、そろそろ離しー」
「ヨナ。咲久こっちに頂戴。今すぐ」
顔を見なくても、声のトーンでわかる。
律、めちゃくちゃ機嫌わるい。
わたしは察した。
のんびりお風呂に入れる日は、多分この先も一生来ない。
お読みくださりありがとうございます。
ずっと書いていられますお風呂。
まだお風呂回を書きたい気持ちと、早く先を書きたい気持ちとが葛藤しています。
誤字報告助かりました、ありがとうございます!!
改めて、ブックマークやいいね、評価やコメントをしてくださっている方々、本当にありがとうございます。




