ふたりきりの夜1
「本当にあったー!!」
獣に言われた通りの方向へ進んだ先に、わたしたちはようやく水を見つけた。
木や花に囲まれた、綺麗な湖。
今までいくら歩いても見渡す限り草原だったので、草原以外のものを見れただけでも嬉しい。
「待って咲久。まだ飲める水かわからないよ」
すぐに水に飛びつこうとしたわたしの首根っこを、律が掴む。
「でも、火がないから沸騰させることもできないし、飲まない方がもう危ないって!わたしたちずっと歩き続けてるのに」
こんなに目の前に水があるのに、飲めないとか辛すぎる。
もはや拷問だ。
「うーん‥‥‥、それもそうか。まあ底が見えるぐらい綺麗だし、大丈夫かな。先に私が飲んで確かめるから」
「いやそこは、せーので飲も!お腹壊しても恨みっこなしね」
二人で湖に両手をつけて、「せーの」で水を口に運んだ。
「うまー!!しみる!!律、これ絶対大丈夫なやつだよ!」
「うん、大丈夫そう」
しばらく2人でガブガブと水を飲んで、びしょびしょになった口周りを見合って笑った。
空腹が、水のおかげでいくらか誤魔化されてきた気がする。
「お、あれが獣の言ってた街に続く道っぽいね」
「えっ、どれどれ?」
律の視線の先を見ると、確かに一本道があった。
明らかに人の手によって切り開かれている道だ。
「本当だ!じゃあこの道を行けば人間に会えるし、ご飯も食べられるんだ‥‥‥助かったあああ」
ほっとして力が抜ける。
「あいつが嘘言ってなくて良かったよ」
律も安心したように顔を綻ばせた。
律はいつも余裕のある表情と態度を見せているけど、一緒にいると割と感情が読み取りやすい。
「じゃー早速いく?」
「いや、今日はもう動かない方がいいよ。日が暮れてきた。ここからは草原じゃなくて山道だから足場も悪いし、さっきみたいな獣が襲ってきても暗いと気づきにくいから」
律のいう通りだ。
陽が傾いて、辺りがどんどん暗くなってきている。
完全に陽が落ちたら、月明かり以外に頼れるものがなくなってしまう。
真っ暗な夜が来る。
‥‥‥怖くなってきた。
「そ、そうだよね、確かに。朝になったら進もう。ご飯がお預けなのは辛いけど、しょうがない」
「バッグにならお菓子とかも入れてたんだけど、バイト中だったから何も持ってないもんなあ」
わたしたちが意識を失った時は、日本時間で夕方だった。目を覚ました時のこの世界はおそらく昼間で、今はもう夜になるので、もし日本と時間軸が同じなら丸一日以上何も食べていないことになる。
ここまでくると、もう腹の虫もならない。
2人でちびちびと湖の水を飲みながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。
そうこうしているうちに、あっという間に陽が落ちた。
見渡すかぎり真っ暗だ。
ー怖い。
この世界の夜は、どのくらい長いんだろう。
わたしはずっと都会暮らしだったから、夜でも周りは比較的明るかったと思う。
それでもやっぱり、夜はずっと苦手だった。
特に高2からは、なぜかなかなか眠れなくなった。
きっと精神的な問題だったんだと思うけど、どんなに学校とバイトで疲れていても、目を瞑ってじっとしていようが、羊を数えようが眠れないのだ。
だいたい床に入ってから3時間くらいすれば眠れたので、不眠症というほどではなかったけれど、わたしにはその眠れない3時間が長すぎた。
布団に入って目を閉じていると、モヤモヤと考えても仕方のないことを考え込んでしまうので、頭を冷やそうとベランダに出て夜風に当たる。
都会とはいえ住宅街の夜はとても静かで、深夜にもなればどの家の電気も消えていて、そんなはずないと分かっていてもこの世界に自分だけしかいなくなったかのような感覚がした。
それがひどく怖くなって、灯りのついている家を必死に探してみたり、親の寝室のドアを少しだけ開けて、ちゃんと居るか確認してみたりしていた。
被害妄想が激しくて、繊細なんて可愛い言葉では言い表せないくらいお豆腐メンタルで病みやすくて、いつも脳内をいらない感情に振り回されていたわたしは、完全に社会不適合者だった。
‥‥‥だめだ、暗くて静かだと色々考えてしまう。
早く朝になれ、早くー
「ー咲久」
「何?」
「手、繋ぐ?」
「なんでだよ!」
「だって咲久、こういう静かな雰囲気苦手でしょ」
そう言って、律が許可も待たずわたしの手を握った。
その瞬間、さあっと不安が消えていく。
ーそっか、今は隣に律がいるんだ。
「ほら咲久、遊園地のお化け屋敷でビビりまくってたし」
「それは忘れろ!今すぐに!」
「あはははっ、可愛かったのに。追いかけられた時の反応とかもうー」
「思い出さなくていいからー!!」
気づいたら、もう今は怖くなくなっていた。
手を繋いだまま、他愛もない思い出話でしばらく盛り上がった。
夜は、まだまだ続く。
まず、ここまでお読みいただきありがとうございます。
次話も、ふたりのきりの夜が続きます。
そういえば、何も考えず適当につけたペンネームがあまりにも本名だったのでひっそりと変更しました。
改めて、ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます。
まだまだ続くので、気が向いたらこれからも覗いてみてくれたら嬉しいです。